「俊くん、こっから、会社に入ってくるの見えたよ、ジャスト!……」

彼女は振り返り、“リン”と鈴が転がるような可愛らしい声で言った。俺を認識するのに数秒、彼女は青くなった顔を今度は赤くして

「し、失礼致しました」
と、俯いた。

「いや、こちらも誰もいらっしゃらないと思っていたので……」

彼女は、大人っぽい顔立ちではあるが、今年入社だったはず……。外へ出たことがないのかというほどの白い肌、普段の表情のなさも手伝ってか、男達が下世話な噂をしていたのを耳にした覚えがあった。

……その時、ガチャリと静かにドアが開く音がして、噂の真相をと、好奇な目を向けていたことにはっとした。失礼だったな。

「あ、小百合呼んでたの忘れてた……」

『小百合』と常務も彼女をそう呼んで、彼女は“まずい”といわんばかりの表情だ。

「ああ、では出直します」
と、背を向けた……邪魔をしては悪いと思ったからだ。

「いえ、私が、失礼します! 」
彼女は慌てるようにそう言った。

「はは、悪い、香坂さん。そうだな15分後にもう一度ここへ」
常務が彼女にそう言うと、彼女は部屋から出ていった。

……常務の方は、彼女との関係を隠すつもりはないらしい。確かに、俺に隠す必要もないと思っているのだろう。言い訳も、説明もなかった。