「なんで、三条君が謝るの……?」

「諦めさせるために千帆ちゃんの名前まで挙げたせいで……裏目に出た。本当にごめん。怖かったでしょ?」

「ううん、もう大丈夫だよ……」

 心底心配した表情で、私の顔をじっと見つめる三条君。

 どれだけ走ってここまで辿り着いたんだろう。この時期なのに、少し汗をかいてるし、髪も乱れてる。

 余裕のない一面が垣間見えて、すごく一生懸命に私を助けにきてくれたんだってことがわかった。

 正直、怖かったけど……。でも、そんな三条君の姿を見たら、少し落ち着いてきた。

「大丈夫。三条君、助けてくれてありがとう」

「…………」

 ありがとうと笑顔で返すと、三条君はぐっと唇を噛み締めてから、ぽすっと私の肩に頭を預けてきた。

「わっ、どうしたの? 具合悪い?」

「怖かった……。千帆ちゃんにもし何かあったらどうしようって」

「え……?」

「俺がこんなに俺じゃ無くなるの、千帆ちゃんにだけだよ」

 少し掠れた声で、三条君はそうつぶやいた。

 怖かったって……そんなに真剣に探してくれたのか。

 その気持ちは素直に嬉しいと思うから、私は優しく三条君の背中を撫でた。まるで子供を慰めるみたいに。

「ねぇ、千帆ちゃん。どうしたら俺のこと男として見てくれる?」

「えっ、何急に! またいつものチャラモードに戻ったの今?」

 大人しいと思っていたら急な質問をされて、思わず動揺する。

 三条君が男の子だってことはちゃんと分かってるけどな……?
 
 なんで答えたらいいか分からず困っていると、ぐっと背中に腕を回されて、気づいたら抱きしめられていた。

「わっ、三条君……⁉︎」

 さっきまで、背中を撫でてあげていたのは私の方なのに。

 急に強い力で体を包み込まれ、私はさらに困惑した。

 抜け出そうともがくけれど、三条君はそんな私の耳元に唇を寄せて、また力なくつぶやく。

「好きだよ、千帆ちゃん」

「え……?」

「ねぇ、もっと俺のこと意識して。紫音君のことなんか考えてる暇ないくらい、俺のことで頭ん中いっぱいにしてよ」

 す、好きって……恋愛感情の意味で……?

 え! なんで⁉︎ 何がどうなって今こうなってるの⁉︎

 三条君の予期せぬ発言に、私は思い切りパニックになった。

 冗談で私の名前を好きな人ととして挙げたはずじゃなかったの……⁉︎

 あ、頭が追いつかないよ……。

「な、なんでそんな、いきなり……」

「因みに、フェロモンのせいなんかじゃないから。本気で千帆ちゃんが欲しいと思ってる。ていうか、千帆ちゃんしか欲しくない」

「そ、そんなこと言われても……応えられないよ。私は紫音が好きだよ」

「うん、いいよ。俺が勝手に千帆ちゃんを好きなだけだから、千帆ちゃんは罪悪感抱く必要ない」

 そう言われて、複雑な気持ちになった。

 私は紫音が好き。それは揺るぎない事実で、本心だ。

 それを素直に伝えたことで三条君を傷付けてしまったのでは……と思った私を、彼は見透かしていた。

 ぎゅっと私を抱く手に力が入って、熱っぽい吐息が首にかかる。

 ダメだ、なんとかして離れないとーー。

「千帆」

 突然呼び捨てされて驚いたその一瞬。するりと顔に手が回ってきて、三条君の綺麗な茶色い瞳としっかり視線が重なる。

「本気で欲しいから、俺、今は手ぇ出さないよ」

 三条君は、真剣な顔で私を真っ直ぐ見つめながら、まるで宣言するように言い放った。

 言葉の意味をしっかり理解できないまま、私はフリーズする。

 三条君はそんな私をさらに追い込むように、一言付け足す。

「今、千帆ちゃんが想像する以上に、死ぬほど我慢してるからね?」

「が、我慢って……」

「こんな可愛い唇、すぐにでも奪いたいのにね。俺よく頑張ってるよ」

 ふにっと唇を親指で押されて、ぶわっと体に電流が走った。