私が否定する間も無く、三条君は「じゃあ放課後ね」と言って手を振り、一限の教室の場所へと向かってしまった。

 隣でうっとりしてるタケゾーの肩を揺らして、私は声を荒らげる。

「ちょっとタケゾー! 正気に戻って!」

「ごめん千帆……。三条君が化粧品何使ってるのかだけ、聞いておいてくれない? お願い!」

「バカー!」

 必死に叫んだけれど、イケメン大好きなタケゾーとかおりんは、恍惚とした表情を浮かべているだけだった……。

 イケメンを前にすると全く脳が働かなくなる二人であることを、すっかり忘れていた。




「星ー、今日お弁当作ってきたの。よかったら食べて?」

「あ、ずるい! 私も今日作ってきたんだよー? こんな冷凍食品ばっかりのより、絶対美味しいよー」

「ちょっと先輩たち、おばさん臭いお弁当渡すのやめてくれません?」

 お昼休みになったけれど、三条君は今日も同級生、先輩問わずに女子に囲まれてキャーキャー言われている。

 紫音がいないことで、三条君のファンが今日はやけに目立って見えるなあ。

 紫音派の生徒と三条君派の生徒の雰囲気は少し違って、どちらかというと三条君派には派手な美人の先輩が多い。

 三条君は今も、手作り弁当を贈り合う女子に揉まれながら、それを笑顔で受け流していて、本当に凄いと思う。毎日アイドルやるなんて、絶対紫音なら無理だ。

「千帆ー、ご飯行くよ」

「はーい」

 私はそんな彼を横目に見ながら、かおりんに呼ばれ食堂へと向かったのだった。


 昼休み終わり。
 なんだろう……。学食を食べて教室に戻ると、部屋の中の空気がどことなく重苦しい気がする……。

 それはタケゾーとかおりんも同じなようで、教室に戻るなり「なんなのよ、このどすぐらい空気は!」と騒いでいた。

 席に着いてチラッと隣にいる三条君を見ると、バチッと目が合う。

 彼は色素の薄い茶色の瞳を細めて、「ん?」と短く問いかけてきた。

 今は生物の授業中。私は声を出さずに「なんでもない」と言う意味を込めて首を横に振る。

 しかし、よくよく周りを観察すると、三条君のそばにいつもいる女子たちから、どす暗い空気が放たれていることに気づいた。

 それに反して、三条君はかなり清々しい表情をしている。

 いったい、何があったんだろうか……。何か三条君が毒でも吐いたのだろうか……。まあでも、私には関係のないことだろうし……、きっと触れない方がいい。

 重たい空気に背筋をぞくりとさせながら、生物の授業を終えた。


 放課後。私は三条君との約束をどうするかと考えながら、荷物をまとめていた。

 どうにか断ろうと気持ちを固めていると、三条君の顔がいつの間にか目の前に迫っていた。

「千ー帆ちゃん、今日一緒に美味しいもの食べに行こう?」

「お、美味しいもの……」

「うん。駅前にできたパフェ専門店、千帆ちゃん好みだと思うよー。奢るからさ」

 首を傾け、私のことを上目遣いで見ながら、そんなことを言ってくる三条君。

 た、食べ物で釣ろうとしているなんて、ぐぬぬ……!

 なんとか理性を保って断ろうとしたけれど、三条君にエンスタの写真を見せられて、お腹がぐーっと鳴ってしまった。

「ひ、ひどいよ。そんなの見せられたら食べたくなっちゃう……」

「うん。だから食べよう? それに、そんなに警戒されたらいくら俺でも傷つくなー」

「えっ……」

 急にしゅんとした態度を取られて、思わず動揺する。

 たしかに、ちょっとチャラチャラしたαだからって、こんなあからさまに避けようとしたら気分悪いよね……。

 それに、この距離の近さが彼の基本なのかもしれないし……。あと普通にパフェは食べたいな……。

 そんな私を見透かしたように、三条君はさらに詰め寄ってくる。

「友達として、今日一緒に美味しいもの食べよう? ね、千帆ちゃん」

「うーん」

 彼との距離の取り方は私も考えたいと思っていたので、もしかしたらこれはいい機会かもしれない。

 面白がってちょっかいかけてくるのはやめてもらって、もし普通の友達になれたなら……、αやΩの特異体質の悩みもお互い相談できるようになるかもしれない。

 それに、三条君、この前公園でひとりぼっちでいた時、少し元気がなかったしな……。もしかしたら、聞いてほしい話があるのかも。

「分かった。一緒に行こう」

 決心してそう伝えると、三条君はパッと顔を明るくさせた。

「やった。じゃあ、決まりね。あ、部活休むって言ってくるから少し待ってて」

「えっ、三条君て部活入ってたの⁉︎」

「うん、バスケ部。助っ人要員だから出たい時だけ出てるんだよ。すぐ戻るからちょっと待ってて」

 そう言いながら、三条君は教室を颯爽と出て行ってしまった。

 いつもふら〜っと好きな時に帰ってるイメージだったので、運動部に入ってるだなんて知らなかった。

 でもたしかに、紫音もたまにサッカー部の助っ人で呼ばれてる時あるなあ……。仕事の手伝いがたまに入ったりするからという理由で、部活には所属していないけれど。

 あ、そうだ。このこと、紫音に連絡しなきゃ。
 多分絶対怒るだろうけど……。

「ちょっと、あなたが花山千帆とかいう女?」

 スマホを取り出してメッセージを打とうとした時、急にピリピリした声で話しかけられた。

 驚き顔を上げると、いつの間にか目の前には三年の先輩が五人ほど立っていた。
 
 真ん中にいるリーダー的な存在の先輩はたしか、チア部の部長でいつも目立ってる白鳥(しらとり)先輩だ。彼女の真っ直ぐな黒髪は胸の下まであり、セクシーな雰囲気が漂っている。

「えっと、はい……」

 戸惑いながらも返事をすると、白鳥先輩はぐっと私の顔を覗き込んできた。

 それから、恨みたっぷりな大きな目で私を睨みつけてくる。

「あなたのせいで……、星はおかしくなったんだわ」

「え……? あの」

「連れてきなさい」

「わ! なんですか急に……!」

 私のせいで三条君がおかしくなった……? どういうこと?

 疑問に思ったのも束の間。白鳥先輩の合図で、背後にいた四人の女生徒が、私の両腕を無理やり掴んだ。

 そして、そのまま教室の外まで引っ張られてしまう。

「え! あの、ちょっと……!」

「もー! 花山さんたら、今日こそカラオケ行くわよ!」

 廊下ですれ違う人に不審に思われないようにか、取り巻きの人たちは架空の会話を続けて、私を無理やりどこかに連れ込もうとしている。

 白鳥さんは私の先を歩いて、外にある運動用具の倉庫までたどり着くと、ピタッとその場に止まった。

 え、待って待って……! 頭が追いつかないよ! 私もしや今、監禁されそうになってる⁉︎

 なんて思った時にはもう遅く、私は気づいたら人気のない暗い倉庫の中に押し込められていた。