心の中で叫んだけれど、声にならない。じんわりと目頭に涙が浮かんできて、私はキスをされないようにだけ唇をぎゅっとキツく結ぶ。

 湯町君の吐息に体が硬直していたその時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「千帆!」

「紫音……」

 お風呂から出てすぐ向かってきてくれたのだろう。

 まだ髪の毛が濡れている紫音が、私の上に覆い被さっている湯町君を蹴り倒してどかした。

「千帆! 大丈夫かっ……!」

「こ、来ないで!」

「千帆……?」

 心配して駆け寄ってくれた紫音を、私は大声を出して制した。

 湯町君はお腹を押さえながらその場に蹲って気を失っている。

 私は泣きそうな顔をしながら、後ろ歩きで紫音から一歩二歩遠ざかった。

 紫音に襲われるのが怖いから、逃げているんじゃない。

 ……私は今、“私”が一番怖い。

「来ないで……。ごめん、私、やっぱりまだ分かってなさすぎた……」

「なに、どうした、千帆……」

「湯町君は悪くないのに、私が湯町君を悪者にしかけた……っ」

「千帆も悪くないだろ」

「私が湯町君を狂わせたのは事実だよっ」

 言葉にすると、ズキンと胸が痛む。

 湯町君は、素直に自分の気持ちを伝えてくれただけなのに、危うく犯罪者にしかけた。

 きっと意識が戻ったら、真面目な彼はものすごい罪悪感に苛まれるだろう。

 こんなに、いとも簡単に人の心を操る術を私は持ってしまっている。その意識が、薄すぎた。

 紫音も今日一日、私のそばにいるのはとても辛そうだった。

 私といたから……。

「千帆……」

「あ、あれっ……」

 ぽろっと、処理しきれない感情が、涙になって出てきてしまった。

 私は動揺して、紫音に泣き顔を見られたくなくて、また一歩後ろの暗闇に近づく。

 しかし、着地するはずだった足は宙を掻いて、私は浮遊感に包まれる。

「危ない、千帆……!」

 ドスン!という大きな衝撃とともに、私は深い堀のような場所に背中から落ちてしまった。

 幸い柔らかい土だったので痛みはそこまでないが、落ちた場所までは二、三メートルはある。

 上を見上げてどう登ろうか絶望していると、ザザザーッという音と一緒にすぐに紫音が駆けつけてくれた。

「千帆! 大丈夫か? どこも痛くないか……?」

「し、紫音、なんで、危ないよ……」