発情期がどれだけ辛いものなのか分からないけれど、紫音の反応から、とにかくタイミングが最悪なことだけは理解した。

「は、発情期ってそんなに辛いのかな……!」

「いや、主に辛いのはこっちだ」

 二人の声がハモったので、私は目をパチクリとさせる。

 そんな私に、紫音は完全に絶望したような顔で話を続ける。

「千帆は微熱が続くような感覚程度だけれど、αはそうは行かない」

「俺たちどうすんの? 千帆ちゃんが半径三メートル以内に来ただけで襲う自信しかないけど」

「千帆に触れたら殺す」

「しょうがないじゃん。そういう体の仕組みになってるんだから。ていうか、俺たちならまだしも、βの男でも発情するやついると思うよ?」

 三条君をギッと睨みつける紫苑。しかし、三条君は開き直ったようにぺらぺらと話し続けている。

 私は二人の会話についていけず、事の重大さをいまいち把握し切れていない。

 発情期になると、Ωのフェロモンの量は最大値になり、αもβも誘惑してしまう……そんな風に言われている。

 けれど、本当にそんな魔法がかかったみたいに、誘惑されまくってしまうなんてこと、あるんだろうか?

「まあまあ、どうにかなるでしょ……!」

「なるわけないよね?」

 私が能天気な発言をすると、紫音は真顔で、三条君は笑顔でそう返してきた。

 ま、またハモってる! もしや二人、息がぴったりなので波長が合うのでは……。

 なんて思っているうちにチャイムが鳴り、一時間目が始まる時間になってしまった。

 紫音は頭を抱えながら席に戻り、どうするべきかと私以上に考えてくれている。

 少しみんなと離れて歩けば大丈夫な気がするけれど……。

 なんて思っていた私は、まだΩの大変さを、一ミリも理解できていなかったのだ。





 そんなこんなで、登山当日。

 朝起きると、たしかに少し微熱があるときのように、体が火照ったように感じる。

 遺伝子が近い家族にはフェロモンは全く効かないらしいので、普段との違いを実感できないまま家を出ると、気乗りしていない様子の紫音がいた。

「おはよ、紫音。ジャージ姿でもなんかキラキラしてるね。私と同じジャージのはずなのに……」

「今日は俺に近づくな。でも離れるな」

「いやどっち」