「あら、円。お帰り」
「いつ来た、姫さん」

「ついさっきよ。」
姫さんの神出鬼没にはもう慣れている。
城の警備する部隊の棟は、普段姫さんが過ごす棟からは離れているのだが、
毎回自分の部屋を抜け出して俺の執務室にやってくる。

といっても今日のこの場所は、城から出た俺の家なのだが。
街を抜けた奥にあるひっそりとたたずむこの家は俺の隠れ家なのだが、
城から抜け出した姫さんはよくここに来る。

「ついさっきにしては準備が良すぎねーか?」

今日は円の誕生日。派手で賑やかな飾りつけはないが、ソファとクッションのカバーを変えて明かりを
キャンドルに任せた。
色とりどりの蝋の芯一つ一つに灯がともっている。

「かわいいでしょ?」
テーブルにグラスと酒を並べた姫さんが尋ねる。

円は答えずにその様子を見ていた。

あとは料理を温めるだけだからとキッチンの方向を見れば後ろから腕が回ってきた。
胸の前でクロスされた険しい腕を撫でて姫は優しく問う。

「どう?」
「暇人だな」
「もう少し素直に喜べないの?」
「そうだな」

柔らかなキャンドルの明かりの中、姫は自分のてっぺんに唇を押し付けたままの円の手を握った。

「お誕生日おめでとう」
「…ああ」
「あと、プレゼントね」
テーブルの横に置いてある箱やら袋やらがそれだろう。

「毎回思うが、この量はなんだ」
「ここに来るときに良いと思ったものを全て買ったのよ」
そんな得意げに言うものではないと円は思うが、
自分のために街で彼女が買い物をしている様子を想像すると嬉しくなる。
それも国のお姫様が変装をしてまであれやこれやと自分のために用意してくれるのだ。

プレゼントの中身はほとんどが形に残らないもの。酒やドライフルーツ、つまみが多い。
毎年同じだ。

しかし今回はその中に小さな箱があった。

「これは、円は付けられないから返してくれてもいいわ」

箱の中身はピアスだった。それも姫さんが毎日つけているピアスとおそろいのもの。
円はピアスホールも開けていないし、今後アクセサリー類を付けることもないような人だ。

ピアスを開けてほしいといったことではない、ただ、持っていてほしい、という願いがあるのかもしれない。

形に残らないものにこだわったのは、いつかこの関係性が壊れてしまうから。
この関係は永遠には続かないのだ。姫は縁談の話も来ていると最近耳にした。

だが、今は姫さんがここにいてくれるだけで十分だ。

お互い気持ちを伝えあったことはないが、自分たちはそれを言わずともお互いを思っていることを知っている。自分たちが知っていればいい、言ったら離れられなくなってしまう。

別れがいずれ来るとわかっていても、独占しておきたい欲がわく。

あと、どのくらいこうしていられるのだろうか。

姫さんが作った料理を食べながら円は思うのだった。