「こっちこっち」


階段を上ろうとしたところでそれはとめられ、猿渡健一郎がわたしより前へと出て、引っ張って歩く。
階段をおりて、下へ。


授業開始のチャイムを階段を下りながら聞いた。
そして到着した場所は、保健室。
先生も、生徒もいなかった。


「薬剤師になりたいんだ?」


思い出したようにケラケラと笑う男。


「お、お願いっ!あのことは言わないでほしいの……っ!」


猿渡健一郎の腕を離して、まっすぐに見つめる。
目の前の男は口角を上げたまま、「あのことって?」とわざわざ聞いてくる。

絶対、わかっているだろうに。
この男はわたしの口から言わせようとしている。


どんなにムカついても、ここでわたしが『わかってるくせに!』とか言っちゃだめだ。
わたしは、弱みを握られているんだから。


「……わ、わたしがヤクザの娘だって、言わないでほしい」


小さな声で返した。


「昼休みに会って、なんか見たことある顔だと思ったんだよね。
まさか同じ学校だったとは。鷹樹組の娘、鷹樹茉白ちゃんと、鷹樹組若頭の小鳥遊碧くん」


男はにこりと笑う。
やっぱり、ちゃんと知っている。


「あ、碧のこともご存知で……」
「もちろん。“族潰しの小鳥遊”は暴走族の間じゃかなり有名だから」


“族潰しの小鳥遊”?
それを聞いて一瞬疑問に思ったが、ある言葉を思い出した。