触れたのは一瞬だけで、すぐに離れて。
「上書きしたんで、これで俺のことだけ思い出してください」
彼はそう言うと、もう一度わたしの左頬を学ランの袖で拭いた。
へ……?
今……え?
頬に、き、キスされた……!?
されたよね!?
「やっぱりお嬢のほっぺは餅みたいですね」
よく左頬を拭かれたあとに、ムニッと優しく引っ張られて遊ばれる。
餅みたいとは失礼な、と言いたいところだけど今はそれどころじゃない。
顔が熱くなっていって、心臓が壊れるんじゃないかと思うくらいドキドキと暴れ出す。
「その顔はだれにも見せちゃだめですよ」
今度は両頬をムニっと引っ張られた。
……完璧に遊ばれてる。
もう、なんなんだ碧は!
「お嬢、さっきの男が猿渡 健一郎(さわたり けんいちろう)です。
お嬢と接触させたくなかったのですが……油断してすみませんでした」
無言で碧を見ていれば、頬から手が離れて、急に謝られた。
“サワタリ”、その名前を聞いてすぐに思い出す。
暴走族の総長をやっている危険人物だから……絶対に近づかないでください、って碧が言っていたっけ。
あの人が、その“サワタリ”なの!?