* * *


 松尾と一緒に昼食を食べて。
 水族館に行き。

 今は松尾の車の中。


「遥稀、今日はありがとう。楽しかった」


「私の方こそ、ありがとう。楽しかった」


 初めて松尾の車に乗ったときは、どうなることかと思った。

 だけど。
 時間が経つにつれて、なんとか楽しむことができた。


 十五年前までの私だったら、こういうふうにはいかなかっただろうな。

 たぶん突き放した態度ばかりとってしまうと思う。


「あのさ、遥稀」


 そう思っていたとき。
 松尾が私の名前を呼んだ。

 だから。


「なぁに」


 そう返事をした。


 のだけど。

 松尾の口から続きの言葉が出てこない。


 どうしたのだろう。


「俺の部屋に寄ってほしいんだ。
 渡したいものがあって」


 そう思っていると。
 松尾がそう言った。


「渡したいもの……?」


「ああ」


 それは何だろう。

 そう思った。


 けれど。

 それよりも……。

 部屋……。
 松尾の……。

 その中に入る……。

 そのことの方が……。

 私にとっては……。
 驚きで……。


 車の中で二人きり。

 それよりも。
 もっと。
 もっともっと。
 緊張する。
 絶対に。


 松尾……男の人の部屋。
 その中に入る。

 それは……。

 抵抗がないと言えば噓になる。

 そんなにも簡単に男の人の部屋に入っていいのだろうか。

 そんな思いが頭の中でグルグルと回っている。

 でも。
 部屋に入らないなら入らないで。
 何を意識しているのだろうと思われてしまうかもしれない。

 どうしよう。
 部屋に入った方がいいのか。
 それとも入らない方がいいのか。