「……え?」
「いや、えっと……今のは忘れてくれ」

 目を見開いて驚いている美咲は夕日に負けないくらいに頬を赤く染めて俺の顔をじっと見つめていた。

 そんな顔で見つめられては冷静になろうと思っていたのに冷静になれるはずもなく、照れ隠しで乱暴に美咲の髪を撫でていた。

「も、もうっ、何するのよっ」
「うるせえよ……ほら、帰るぞ」

 ぽんっと美咲の頭を一回撫でて足早に歩き出した俺のうしろからパタパタと足音を響かせてやってきた美咲は、朝と同じように俺の前に廻り込んで――
「ね、ねえ……今のって、ジョンがワンちゃんになってくれるってこと? 今までみたいにずっとそばにいてくれるってこと?」
 指を突きつけていた。

 真っ向からそう言われると恥ずかしくてどう対応していいのか、さっぱり分からなくなり――
「いや、まあ……寂しいときはいつでも相手してやるって意味だよ」
 更に意味不明な事を口走っていた。

 どうにも今日の美咲はいつもと違うので調子が狂ってしまう。俺も変な事ばかり口走っているし、やっぱりおかしいよな。別に犬になろうってわけじゃなくて、美咲の寂しい気持ちを紛らわすためならそれくらいの事は出来るって意味なのだが。

「も、もういいだろ。それより、帰るぞ」

 言葉に出来ないのか俺を見つめている美咲はわずかに震えていた。

 泣いているのかと思ったが、次の瞬間――
「あははっ……ジョンってば、似合わない事言ってるよ」
 その場にしゃがみ込んでお腹を押さえて笑い出した。

「だあっ、うるせえよ」

 俺はこの場から走って逃げたいほど恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、ぶっきらぼうに言い放つと先を歩き出した。

 うしろから「ちょっと待ってよ」と美咲の声が聞こえてきたが無視して歩いていると、声は途切れて聞こえなくなった。少し大人げなかったかな(一応は年上なので)と思い、うしろを振り返ると美咲の姿はなかった。

「あ、あれ……美咲?」
「こっちだよ」

 不意に聞こえた声はうしろからで、俺は声の方へ向くと――
「いつも、ありがとう」
 その言葉と共に柔らかい感触に唇を塞がれていた。