感情を抑えられなかった罪悪感と、たった一瞬で大切な人を失った喪失感と、悲しみで俺はもうどうしていいかわからなかった。
何故あのタイミングで峰岸さんのことを口に出してしまったのか。。
いや、もし仮にあそこで堪えたとしても、この一連のことは水に流せなかったと思う。
もしあのまま付き合っていたとしても、俺はずっと、俺のフリをした男のことを気にしたと思う。
それに、もしかしたら本当にさぎりに裏切られていたかもしれない。
だから、後味は悪いけど、どうしようもなかったんだ。
俺は、吐き出す相手を間違えたんだ。
仮にケンカになったとしても、さぎりに言うべきだった。
たった一つの間違えだけど、大きな間違いだ。
結果、それで全部壊れてしまった。
最悪だ。
もう、なにも戻って来ない。
もう朝か。。
今日は土曜日。授業はない。それに、練習の為に時間が欲しかったのでバイトも入れてない。
どうせここにいても、意味のないことを考えてしまうだけだ。
練習しに行こう。集中できなくてもなんでも、部屋に籠ってるよりはいい。
なるべく考えないようにして、なるべくいつものように、思考を深いところにおかないようにして準備した。
電車に乗ってしまうと、それなりに長い時間を一人で過ごすので、どうしたものかと思っていたが、ここ最近は本当に色々なことがあり過ぎたので、なにもせずにぼーっとしていようと思った。
頭を空っぽにして、軽く目を瞑り、電車に揺られるがまま過ごした。
もう少し早くにこうしていたら、あるいはさぎりとは別れずに済んだかもしれない。
けど、いずれにせよ何か上手くいかなくなるような出来事は起きていたような気もする。
考えても無駄だとわかっていても、やはり考えてしまう。。
2年も一緒にいたのだ。当たり前だな。
そう、2年だ。その2年が一瞬にして崩れ去ってしまったのだ。なにも感じない方がおかしいし、なにも考えない方がおかしい。
だから、考えてしまうことに対しても、無理に止める必要もないのかもしれない。
考え過ぎて病んでしまうようなら話は別だけど。
別れたことを受け入れて前に進むには、やっぱり時間が必要だろう。
もう、消化しきれない想いを抱えている必要もなくなったんだ。
寂しいし、悲しいけれど、自由だ。
これからは音楽に集中しよう。
俺は、まだまだ上手くなれるはずだ。
そうだ、Aブラス。。本気で狙ってみるか。
さぎり、俺が自由になったのと同じように、さぎりがこれからどうするかも自由だ。
付き合っている間になにかあったら裏切りだけど、別れてしまったら1年後だろうと5分後だろうと、その後誰と付き合おうが自由だからな。
そう言い聞かせて、さぎりのこの先の事を考えるのはやめた。
それよりも、俺のこれからを考えよう。
窓の外を見てみると、木々が新緑に色付いている。
これから毎日観るこの景色も、こうやって意識して観ないと変化に気付けないんだ。
大事な人であるなら尚のこと、いつでもしっかり見ていないといけなかったな。
この新緑のように、俺の心にもいつか、新しい恋が芽吹く時がくるだろうか?
きっとその時は、待つのではなく、普通に過ごせば来るだろう。
今はただ、やりたいことをしっかりとやろう。
さよなら。さぎり。
「なによそれ!そんなのおかしいわ!!」
自分の声にびっくりして目が覚めた。
夢か。。
なんで今更、あの時の夢なんか見るんだろ?
いやでも思い出す。1年前のあの日のこと。
私には、彼氏がいた。
とっても優秀で、見た目はちょっと悪そうだけど、かっこよくて、優しくて、強い人。
だと思っていた。
でも、違った。見た目はもちろん、優秀なのもそうなんだけど、彼は、勝負をしない人、いや、できない人だった。
私達が、高校3年生になってすぐのこと。
なんとなく会話が受験のことになった時だ。
『俺?俺は宇都宮大学に行くよ。』
意外だった。
「なんで?ちょっと前までは、もう少し上の大学を目指してたじゃない?」
『そうだな。でも、まぁ、簡単に言えば、そこで1番になるのは難しいからかな。』
え?
「そんなことが理由なの?」
率直に言って意味がわからないわ。
『それが理由だよ。なにかいけないのか?』
いけなくはないけど。それって
「なんで、そんなに頭いいのに勝負しないの?」
『勝負しなくても1番になれるならそれでもいいだろう?それに、宇都宮大学だってそんなに頭の悪い大学じゃない。』
そうだけど、
「そうだけど、なんでそんなに1番にこだわるの?もっと言うなら、こだわるなら、なんで頑張って取りに行こうと思わないの?」
『俺にとって大事なのは、1番になることじゃない。1番で居続けることだからだよ』
いやいやいやいや、
「だからって勝負もせずに1番取って、あなたはそれで満足なの?」
『満足だね。1番で居続けることが大事なんだから。さっきから言ってるじゃん。それに、狙って1番でいることだって、簡単なことじゃないだろう?同じことが結にできるの?』
「できないけど、だからこそ、それをできるあなたが勝負しないのは腑に落ちないのよ。」
『?じゃぁなに、無理して学力が高い大学に行って、負けることの方が大事なの?』
「そうは言ってないけど。。」
なんであの時のことなんか思い出すのよ。。
思い出したっていいことなんかなにもないのに。
私は、能力があるのに勝負に出ないその生き方が受け入れられなかった。
あれだけ能力があるなら全力で1番を目指して欲しかった。
もう、昔の話だけど。
詩乃、あなた今どうしてるの?相変わらず楽に1番で居続けてるのかしら?
まぁ、もうそんなことはどうでもいいわ。
私は、今、どうしても一緒にいたい人を見つけたの。
彼はすごいわ。あれだけの能力がありながら、いつも誰より努力してる。
彼は、例え大学で1番を取っても努力はやめない。きっともっと広い世界に目を向けて、もっと大きな1番を取りに行くわ。
私は、彼がそうやって沢山の1番を取っていく隣にいたいの。私も、同じように1番を取り続けながら。
恒星君。
冷たいようだけど、あなたには、恋愛に依存するような子は似合わないわ。
私と一緒に、もっと上を目指しましょう。
私、まずはあなたの1番になるわ。