父がふたたび逃げ出した。
あの話し合いの日から1年とも持たなかった。
まったくの甲斐性なしに成り下がっていた。母が死ぬ前まではこんなんじゃなかったはずなのに。頭のネジをそのときに落としてしまったのだろうか。
父が蒸発……家を出ていったとき、俺たちの新しい母親である栞さんは泣かなかった。
「ごめんね。ふたりとも、ごめんね」
そう言って俺たちを抱きしめて、何度も何度も謝った。いつもほほ笑んでばかりだった栞さんが、息ができないほど苦しそうに顔を歪めていた。
「兄ちゃん」
「……ん」
「俺、もう期待するのやーめた」
その言葉に深く傷ついたのは、またしても栞さんだった。
ぎゅっとさらに抱きしめられ
「わたしはふたりを離したりしないから」
と華奢な身体で、力強くそう言った。
……ああ、
もっと強く握っておけばよかったのかもしれない。
どこにもいけないほど、
逃げられないほどに、つよく。
爪が食い込んでも、握っておけば。
こんなことにならなかったのかもしれない。
無意識に遼花の手をつかんでいた。
すぐ近くにあった、俺よりもずっと繊細な手。
うわ、と遼花が驚いたように声をあげる。
「兄ちゃん、手、すげーつめたい」