「お待たせ。行こうか」
 最後に杖を背中に負って、ナーザに言った。
 ナーザの支度はリシュナを袋に入れるだけだ。
 今日はトーラまで一日駆ける。
 が、ふたりして馬に乗ろうとしたとき、リシュナが袋から飛び出した。
「ナーザ、鏡……」
 鏡? ───聞き返しかけて、シルフィスは思い出す。ユーリーがナーザに鏡を渡していた。何かわかったらイストの空文で連絡すると。
 けれど、
「母さんから?」
 というナーザの問いに、リシュナは首を左右に振った。目を大きく開き、ひどくうろたえているように見えた。
 ナーザは袋の中に手を入れる。
 取り出された鏡を見て、ナーザの顔色も変った。
「どうした」
 シルフィスは手綱を離して、ナーザに近づく。ナーザは黙って鏡を差し出した。
 受け取って、シルフィスは鏡面を見る。禍々しく黒い文字が並んでいた。
 明日レイシアで雷帝が甦る──と。
 冷たい手で心臓をつかまれたような気がした。
 文字は続く。──目指すは王都。千の死体を兵と引き連れ、グランガルに雷の雨を降らそう。勇者の末裔よ、雷帝を止めてみよ。