ガシャン、と音がした。ひとりの男が手にした剣を取り落とした音だった。
「……化け物……」
 別の誰かが呟いた。
 それが合図のように、山賊たちは悲鳴を上げ、先を争うようにして逃げ出した。武器を投げ出す者もいたし、足をもつれさせて転び、待ってくれ、と泣く者もいた。
 ───やがて、峠道にふたたび静寂が戻った。
 山賊たちの気配は周囲から完全に消えた。シルフィスは、山賊が放り出していった刀に月明かりが反射しているのから、ナーザへと視線を移す。
 シルフィスもまた、体が竦んでいたのだった。伝説の暴君の雷撃を目の当たりにして。しかも、これは、おそらく、本気の攻撃ではまったくない。
 ──なんて力だ。
 百や二百は蹴散らした、とリシュナが言ったのは、大げさな比喩ではなく、ただの事実なのだ。
 ナーザを化け物と呼んだ山賊の気持ちが、わかる。……同時に、化け物と呼ばれた少年の気持ちも分かる気がした。背後で、謀反人の子、と囁かれ続けた自分には。
 けれど、目をやったナーザの顔に、化け物と呼ばれたことに対する動揺は表れていなかった。
 布袋からリシュナが顔を出して、ナーザはそちらに顔を向けた。
「化け物ごときで逃げるなら、あたしが顔を出してやれば良かったわね」
 山賊が逃げていった方を冷ややかに見てリシュナが言うと、ちょっと笑って。
「俺がリシュナを守るんじゃなかったの?」
「あんな雑魚、危険のうちに入らないわ」
 まあね、とリシュナに答えてから、ナーザはシルフィスを見た。
「そろそろ、馬を休ませた方がよくない?」
 言われて、シルフィスは空を見上げる。
 満月は中天に懸かっていた。