王都で一、二を争う繁華街に、にぎやかに露店の並ぶ広場があった。
 その広場から一本入った通り沿いに、ひときわ大きな三階家がある。扉には鳥の翼を模した紋章、吊るした看板には『青鷺の宿』の飾り文字。
 ──が、この建物は旅館ではない。
 フード付きの外套で身を包んだ男が、広場の人混みを縫って歩いていた。
「ああら、シルフィス?」
 広げた布の上に花を並べた女が、顔を上げた拍子に男のフードに隠れた顔をのぞき込み、艶やかな声を上げた。
 道行く者の何人かが足を止めた。花売り女の隣で揚げ菓子を売る親爺も、素見客との立ち話を止めて、ふり向く。
 男は花売り女の前で立ち止まった。ゆっくりとフードを肩に落とした。
 さら、と背中に届く漆黒の髪が揺れた。若い。二十歳になったかならないか。が、物腰はとても落ち着いている。涼やかな濃い青の瞳を細めて、優雅に笑んだ。
「こんにちは、エマー姐さん」
「おお、シルフィス、仕事かね?」
「はい。マスターに呼ばれて」
「相変わらずいい男ね、『風の貴公子』」
「ありがとうございます。奥様の美しさにはとても及びませんが」
 かけられる声にいちいち丁寧に受け答えしてから、では、と会釈して、シルフィスは再び歩き始める。
 足は真っ直ぐ『青鷺の宿』に向いていた。
 翼の紋章を押して扉を開け、短い階段を降りた。
 広い一間にテーブルと椅子、カウンターの後ろの棚には酒瓶が並んでいる。居酒屋のつくりだが、客は隅のテーブルでサイコロを転がしている男ふたりだけだ。
 まだ明るいから──ではない。ここで飲み食いするには条件がある。戦士ギルド『青鷺の宿』のメンバーであることか、仕事の依頼で訪れるか、だ。