コトリ、とカウンターにグラスが置かれた。
「座りなさいよ、シルフィス」
 柔らかくシルフィスに声をかけてから、カウンターの中の美女は、可笑しそうにクルカムを見る。
「どうしたの、クルカム? 難しい顔をして。無事に帰ってきた戦士にかける言葉は、たったひとつでしょう?」
 驚いたように眉を上げて女を見返し、クルカムの表情がほぐれた。
「──だな」
 ふふん、と笑い、いつもの悪戯小僧の顔をシルフィスに向け、その『たったひとつ』の言葉を口にした。
「おかえり、シルフィス、『風の貴公子』」
 初めてだった、マスターにそう言われるのは。
 思わず笑み、シルフィスも初めての言葉をクルカムに返す。
「ただいま、マスター」
 ただいま、『青鷺の宿』───。