少年は身を翻した。泉の中心に建つ女神像の後ろに回り込む。
 その瞬間、水面が淡い光を帯びて微かに波立ったように──見えた。
 虎は一直線に少年を追って泉に飛び込んだ。だが、その途端、何かに弾かれたように水面から跳ねた。痙攣した体が盛大な飛沫を上げて水に沈み、ゆっくりと浮き上がる。
 動かない。
 固唾を飲むような静寂のときが過ぎ、やがて、女神像の後ろから金髪の少年が現れた。
 少年は泉に浮かぶ虎に目をやると、片手をぐっと拳に握り、空に向かって突き上げた。高らかに、勝利を宣言するように。
 家々のドアが一斉に開いた。歓声とともに人々が走り出た。屋台の陰の男の子には母親が駆け寄り、虎にはサーカスの団員が集まる。
 男の子は母親に抱きつき、虎は檻に入れられる。そして、少年は群衆にもみくちゃにされた。
「凄いじゃない、あんた」
「見直したぞ、小僧!」
 ひと騒ぎ終わって、若干落ち着いた人々は片付けに取り掛かる。
 サーカスを逃げ出した虎を殺すのではなく、不思議な力で気絶させた少年は、サーカスのテントに近づいた。
 待っていたように団長が少年の前に両手を広げて進み出る。
「助かった! 本当に助かった。このお礼は『銀の子猫』の方へ、でいいのだね?」
 団長との話を済ませ、少年はのんびりと広場を横切っていく。風に柔らかな金髪が軽くなびいた。