「『黒白の書』は? 雷帝は……」
「『黒白の書』は元通り封印した。雷帝は倒した。他に質問は?」
 僕は、と続けて尋ねようとして、その問いを飲み込んだ。───僕は、怪我をして気を失ったところを助けられたのだ。
 誰に? ……ハルベルティが僕の前にいるってことは……。
「……王が自ら出陣したのか」
「当然だ」
 では、もしかして、あれは夢ではなかったのか? ディアナム、と呼んで自分を抱き起こした黒い瞳の女性……。
 ハルベルティはベッドを離れ、一方の壁の棚から小瓶をふたつ、みっつ取り、窓際のテーブルに置いた。
 そのまま反対側の壁に歩く。そこには細長い台が取り付けてあった。ハルベルティは台の上からコップとガラス棒、水差しを持って窓のそばのテーブルに戻り、シルフィスを向いて、どさり、と椅子に腰を下ろした。
 魔法使いの動きを追うようにして、シルフィスは部屋の内装を確かめる。
 質素だが、気持ちよく整えられた部屋だ。シルフィスから見て右側の壁は全面が棚になっていて、古そうな書物や何かを詰めた瓶が幾つも並んでいる。左側の壁に設えられた細長い台には、さまざまな形の実験道具。正面は明るい日差しの差し込む大きな窓で、そばに大きなテーブルが置かれている。
 懐かしさで胸が震えた。
「ここは、マクリーンの……」
「今は俺の住まいだ」
 ハルベルティはテーブルに置いた小瓶の蓋を取ってコップに雫を垂らす。
「おまえを城に運びこむのはいろいろ面倒だと思ってな」
 さらにもうひとつの小瓶の中身をコップに入れ、ガラス棒でかき混ぜる。
 シルフィスは、ちょっとの間、魔法使いを見つめた。ハルの言うとおりだろう。行方不明の王子(謀反人の子)が突然傷だらけで担ぎ込まれたりしたら、家臣たちがすったもんだするに決まっている。
 そして、考えた。
 ハルがここに住んでいるということは、やはり、マクリーンの跡はハルが継いだのだろうか。
 けれど、ハルベルティの名は、マクリーンのようには国民に知られていない。王家仕えの魔法使いとして公にするには、彼の出自とか性格とか性格とか、特に性格とかが問題になったに違いない。マクリーンに連れられてエディアに初めて目通りしたときのセリフが『おまえ、可愛いな』だったし……。