吐かせようとしていったん腕を放すと、ネイロフは渾身の力でシルフィスを押しのけた。倒れたまま体を返してシルフィスに向き直り、幽鬼のような笑みを見せた。
「復讐は、成った。……誰にも止められぬ……王の最期……見られぬことだけが、心残り……」
 体が痙攣して、ネイロフは床に転がる。凄まじい声を上げて喉をかきむしり───動かなくなった。
 シルフィスはネイロフの首に手を当てた。脈打つものはなかった。
 ネイロフのひとつ残った目はカッと見開いたまま宙を見つめている。指は鉤のように曲がって喉に喰い込んでいた。
 何の感慨も湧かなかった。血のつながった伯父とはいえ数回会っただけの相手。悼む気持ちは起きなかった。自分を陥れ、雷帝を復活させた───そのことに対する怒りも憎しみも感じない。
 敢えて言うなら、彼の自死を防げなかった自分に舌打ちしたい気持ちだけはある。
 思考はただ一点に集中していた。
 魔法使いが死んでしまった。ならば、彼の魔法で甦った死体兵は? 彼が呼んだ雷雲は? 消える──はずはない。消えないと知っていたから、魔法使いは自死を選んだ。今も耳を澄ませば雷鳴が聞こえる。
 感情に浸るときではない。考えろ。自分はどうすればいいか。
 中庭で雷帝と死体の軍勢を見たときのような絶望はなかった。───絶望していいはずがない。ひとりの少年があの死体の群れの前に身を晒して戦おうとしている。自分のミスを嘆くだけで諦めて、彼を見殺しにするなどあってはならない。