壁には松明が燃えていた。が、数は少なく部屋のあちこちが暗がりに沈み、炎の揺らめきがものを見にくくしている。
それでも、ネイロフが複雑な図形と文字の上に立っているのはわかった。
まだ魔法の儀式を行おうとしているのだろうか。
これ以上は何もさせない。
「伯父上、お願いがあって参りました」
手裏剣を、手甲から手のひらにそっと滑り込ませて、シルフィスは言った。
「空を覆う雷雲をのけていただきたい」
ネイロフの面上に走った驚きはすぐに消え、片目のない顔は柔らかに笑んだ。
「ああ、よくここまで来た。ディアナム、おまえに見せたいものがある」
片手を胸の高さに上げる。
その手に、黒い書物。
『黒白の書』──シルフィスの気が鋭く尖る。
ネイロフは、そんなシルフィスをいなすように、もう一方の手のひらをシルフィスに向けた。
「いや、この書物ではない。約束しただろう───我が妹、メイジェイルを甦らせると」
あまりにも思いがけない名に、虚を衝かれた。
メイジェイル。母上。
細面の美しい顔で優しく微笑む姿が浮かんだ。
「ほら、そこに」
ひらり、と振ったネイロフの手を、シルフィスの青い目が無防備に追っていた。──母上。
けれど、ネイロフの示すものを目にしたとき、悲しみに似た何かが一瞬でシルフィスの胸を焼いていた。
他の誰かであれば、そこに母の姿を見たのかもしれない。魔法使いの幻術で。でも、幻でさえ、母に会えない──僕は。
松明の明かりがかろうじて届く壁際の椅子。そこに座らされているのは、ハザンの骸だった。切り開かれた胸から流れた血が全身を赤く染めていた。
それでも、ネイロフが複雑な図形と文字の上に立っているのはわかった。
まだ魔法の儀式を行おうとしているのだろうか。
これ以上は何もさせない。
「伯父上、お願いがあって参りました」
手裏剣を、手甲から手のひらにそっと滑り込ませて、シルフィスは言った。
「空を覆う雷雲をのけていただきたい」
ネイロフの面上に走った驚きはすぐに消え、片目のない顔は柔らかに笑んだ。
「ああ、よくここまで来た。ディアナム、おまえに見せたいものがある」
片手を胸の高さに上げる。
その手に、黒い書物。
『黒白の書』──シルフィスの気が鋭く尖る。
ネイロフは、そんなシルフィスをいなすように、もう一方の手のひらをシルフィスに向けた。
「いや、この書物ではない。約束しただろう───我が妹、メイジェイルを甦らせると」
あまりにも思いがけない名に、虚を衝かれた。
メイジェイル。母上。
細面の美しい顔で優しく微笑む姿が浮かんだ。
「ほら、そこに」
ひらり、と振ったネイロフの手を、シルフィスの青い目が無防備に追っていた。──母上。
けれど、ネイロフの示すものを目にしたとき、悲しみに似た何かが一瞬でシルフィスの胸を焼いていた。
他の誰かであれば、そこに母の姿を見たのかもしれない。魔法使いの幻術で。でも、幻でさえ、母に会えない──僕は。
松明の明かりがかろうじて届く壁際の椅子。そこに座らされているのは、ハザンの骸だった。切り開かれた胸から流れた血が全身を赤く染めていた。