「……待て……」
 追わなければ、と痛みをこらえて体を起こした。そのシルフィスの腕をナーザがつかみ、後ろに引いた。
 すぐ横の柱が、ミシリ、と音をたてていた。大きな亀裂が斜めに走る。
 崩れる。広間が。
 天井から、ばらり、と最初の破片が落ちた。
 シルフィスはナーザとともに出てきたばかりの通路へと駆けこんだ。落とした杖を拾う余裕はなかった。
 背後で、大きな崩落音がたて続けに起きた。シルフィスとナーザはその音に追いたてられるようにして、今しがた降りてきたばかりの階段を、今度は、駆け上る。
 地上に出た途端、強い風が正面から吹きつけてきた。シルフィスは風を避けて壁に背を貼りつかせ、荒い呼吸音を響かせる。
 甦ってしまった、雷帝が。
 ナーザは、シルフィスの横で、青く光る重い雲を黙って見上げている。
 リシュナが袋から浮き上がり、風に乗って高く飛んだ。あちこち見回し、ナーザ、と叫んだ。
「ナーザ。中庭に、軍が。死体兵の軍隊が」
 シルフィスはナーザと顔を見合わせた。
 ナーザがドアノブを足場にして壁を登った。シルフィスも。
 一階部分の天井だけが残っている、その上に体を引き上げた。ふたりして、強風の中、膝をついた低い体勢をとり、リシュナの視線を追った。
 城の中庭に黒く蠢く者たちがいた。
 その数、千、か。千の死体を兵と引き連れ───と、鏡に降った闇の空文で告げられた通りに。
 シルフィスの体に怖気が走る。犠牲になったのはレイシア一村ではなかったのか。