「この天気、変だ」
 起伏を幾つか越え、目指す丘を半分上った辺りでナーザが言った。
 ここまで敵にも罠にも遭遇していない。風が不安定に強くて進みにくい、というだけで。
 シルフィスは足を止めた。空を仰ぐ。
 確かに、変だ。もう夜が明ける時刻だ。いくら雲が厚くても、もっと薄明るくなってきていいはずだ。
 頭上の暗い雲は、流れるのではなく、脈打つように渦を巻いていた。
 見たことのない雲の動きだった。これは──。
「天候を操る魔法?」
 そんなことも、できるのか? それも『黒白の書』の魔法なのか?
「ホルドトは、やったことがある。あとが大変だから二度とやんねえ、とか言われたけど。三日くらい嵐が続いた。俺、落雷、呼び放題だった」
 ナーザは顔を空へと向けた。
「今も、たぶん、呼べる」
 シルフィスは、ナーザの視線を追って空を見上げた。
 白金の光が幾筋か枝を広げて雲の間に閃いた──と思う刹那、その一本が行く手に突き刺さるように落ち、辺りを一瞬青白く染め上げた。
「君が?」
 再び大地に闇が降り、空に雷鳴の低く轟く中、シルフィスはナーザをふり向く。
 ナーザは、雷の落ちた場所から目を離さずに、少しかすれた声で言う。
「できる……。狙ったところに、落とせる」
 言葉が出なかった。
 同じことを復活した雷帝もやるのか。あれを、金属の鎧を着て金属の武器を持つ軍隊に落とされたら。