「……高政どの!?」


 その時の有明姫の驚いた顔が忘れられない。


 初めて会った時は終始冷静な立ち振る舞いだったのが、この日は私を一目見るなりかなり動揺していた。


 私がやっとの思いで土岐館にたどり着き、姫の棟へと案内された時、姫は軒先に立ち、暖を取るための火鉢にたまった灰を捨てるよう、家の者にてきぱき指図をしているところだった。


 侍女たちが灰を壺に入れ(肥料にでも再利用するのだろう)、下僕たちが新しい炭の用意に庭を行き来していた。


 その際の姫の様子は元気そのもので、到底明日をも知れぬ病には見えず……。


 「どうしたのです高政どの。全身ずぶ濡れではありませんか」


 驚いた姫は、私の下へ駆け寄ってきた。


 たどり着くのに必死で気が付かなかったが、転倒の際にびしょ濡れになったのみならず、泥が跳ねて顔も手も泥だらけになっていた。


 「……今朝方、姫よりいただいた文に、姫は病が重くもう文は送れぬ旨記されており、居ても立ってもいられず……」


 「病? 私が?」


 姫は驚いて目を丸くしている。


 「……それはそなたの勘違いだ。病で寝込んでおるのは、文をいつもそなたへ届ける係の従者だ。しかもただの風邪」


 そう告げて笑い出した。


 「確かに、誰のことかはっきり書かなかった私も悪いな……」


 姫は手で顔を覆いながら笑い続けた。


 私も自分の勘違いと、無様に水浸しになっている今の姿を姫がどんなに滑稽に感じているか、考えただけでも恥ずかしくなり失笑せざるを得なかった。