私の亡き母は、深芳野という。


 父に嫁ぐ前、実はこちらの土岐の御屋形様の側室の地位にあった。


 父を信頼していることを証明するために、御屋形様は母を部下に下げ渡したのだ……。


 異常なことに思われるかもしれないが、古来日本ではよくあった話で。


 かの有名な藤原鎌足も、主君である中大兄皇子(天智天皇)から妻を一人いただいている。


 主君は部下への信頼の証として妻を与え、部下は主君からの信頼に感謝して妻に迎える。


 そのような信頼を示す行為の中で、私は誕生したのだった。


 母・深芳野が早くに亡くなったのと、その後正室位迎えた小見の方が土岐家の血を引く名門・明智家の出だったため、母は亡き後も側室の地位に据え置かれたままだった。


 長男すなわち長男でありながら、側室の子である私は斎藤家の中で立場が弱い。


 そんな私の支えとなってくれると土岐の御屋形様は常日頃から口にしている。


 かつて母を妻としていた縁ゆえに、いずれ家督を継ぐ私を支えてくれようとしているのだと、この頃は単純にそう信じていたのだが……。