ネバーランドと人間電池

 人間の中に電池を埋め込まれているという話を聞いた事があるだろうか? 死ぬときは電池がなくなってしまうので電池の寿命が命だということらしい。なんだか、ありえないような話に戸惑ったが、そういった話がうわさの都市伝説というサイトに書き込まれていた。電池は交換すればなんとか寿命を延ばすことができるらしい。でも、特殊な電池だから普通のお店には売っていないとか、夕陽屋にならあると書いてあったが、その店に行くことは雲をつかむような話だ。店が実在するかもわからない。

 ある時、トーコはクラスの友達の首筋に電池を入れる場所をみつけてしまった。というか、今まで見えなかったものが見えるようになったようだった。自分にも電池を入れる場所があるのだろうか? 全身チェックしてみたのだが、全然見ることはできなかった。やはり見間違えか勘違いだろうか。気になったトーコは例のサイトに書き込みをしてみた。誰かに聞いてほしいという感情が高ぶっていたのと、書けば気持ちを落ち着けられると思ったのかもしれない。

「人間電池が見えました。どの人にもあるのでしょうか?」
 という書き込みを都市伝説のサイトに書き込む。すると、思いもよらぬ話が書き込まれる。
「電池がある人間はダミー人間です。本物の人間はどこかへ連れ去られたときに、ダミーを置いていくそうです」
「じゃあ本当の友達はどこへ行ったのだろう?」
「ネバーランドですよ。ピーターパンのようなリーダー的な存在がいて、支配している社会らしいです」

 そんなことあるわけがないとトーコは思った。

「わたしのまわりにも最近電池人間が現れました。最近、ネバーランドに行く人間が増えているようです」

 新たな人物からの書き込みだった。これは、釣りと呼ばれるものかもしれない。ネット上で、釣りというのがあり、うまくおもしろい方向へ誘導されてしまうというデマの一種だ。

 しかし、その後、他の一般的なサイトにも電池発見という話が複数書き込まれており、たくさんの人の目に触れるようになる。しかし、そういった事実を国が正式に認めることはなかったし、マスコミも一社も報道すらしなかった。電池人間について書き込む者はネットの会員制の都市伝説専門の掲示板くらいだった。というのも、一般的なSNSなどに書き込むと消されてしまい、会員資格をはく奪されてしまうという現象が本当に起こったからだ。どうしてそこまでして電池人間の存在を消そうとするのだろう? きっと日本の政治家がもみ消そうとしているのかもしれない。

 クラスに毎日電池人間が増えていく。しかし、電池人間だからといって依然と何かが変わったわけでもなく、みんな以前と性格も何もかもがそのままだった。きっとそのままの人間を生産させているのだろう。都市伝説のネットサイトに書き込む人もひと月もたつとだいぶ減り、3か月後には自分ひとりとなったようだ。みんななぜか退会したり、書き込みを辞めてしまった。多分だが、書きこんでいた人間が電池人間と入れ替わってしまったからだろう。仕方がない、自分一人になったとしても見えない敵に立ち向かう勇敢な勇者でありたいとまっとうな残り少ない人間である私はずっと願っていた。

 いつまでたっても敵は現れず、今のままの生活が続いていた。それはなぜだろう? 相手が諦めて私をつれださないからなのだろうか? それとももっと大きな計画をたてているのだろうか? 自分以外が電池人間になった世界で以前と変わらない生活を送りながら偽りの友情や家族愛を育む。決して電池人間だということを気づいている様子など1ミリも見せない。それは、笑顔で作られた嘘の世界だ。

 あるとき、電池がない人間という書き込みを見かけた。すると、その書き込みにはたくさんの人が不思議な人間がいたものだと驚く。一体どうして電池がないのだろう? でも、これは本人には伝えてはいけないだろう、などと書き込まれており、遠目に自分の姿の写真が掲載されていた。

 この世界では電池がないことが珍しい? 普通ではないのが自分のほうだった? めまいに似た衝撃的な錯覚を覚えた。自分が正しくない? 間違っているのは自分? 自問自答が繰り返される。道行く人も、家族もクラスメイトも電池の入る入口が首のあたりに見える。一見ロボットのようだが、それがこの世界では正しいようだ。一体なぜ自分のような電池がない人間がいなくなってしまったのだろう? 本当は以前から電池人間の社会だったのだろうか? 自分だけが違うということがとても苦しく、胸が痛い。最近悩みすぎていたせいで体調が悪くなっていたようだ。気づくと目の前は真っ暗になっていた。貧血の症状にとてもよく似ていた。

「うちの娘は大丈夫なのでしょうか?」
 母親の声が聞こえる。気を失っていたようだが、その間の記憶はなかった。病院に運ばれたようだ。
「大丈夫ですよ。バッテリーの不具合で永久発電ができなくなっただけです」
 医者の声だろうか? でも、バッテリーという話をしているあたり、科学者だろうか?

「最新型の永久発電システムは、初期不良があった娘さんの体には負担が大きいのかもしれないですね。普通の電池では娘さんの体は拒否反応が強かった。だから、親として永久発電を選択したのは当然のこと。ここでバッテリーがなくなっても仕方がないのです」
「娘は死ぬということですか?」
「バッテリーの残量がありません。仕方がないのです」
「娘には電池を入れる場所がないので、ずっと人と違うけれど本人にはなるべく気づかせないようにしていたのですが」
 真剣な母の声が聞こえる。うそ? 本当なの?
「人間は人と違うということを気にする生き物です。仕方のないことですよ」

 私は死ぬの? 電池がないということは不具合だったの?
 電池があることが普通ならば、電池なしで生きている人間は普通ではない。少なくともこの社会は人間電池があることが普通の社会のようだった。しかし、トーコは、バッテリーが残っているうちに、そのことを受け入れることはできそうになかった。

 トーコは意識を失いかけていた。きっとバッテリーがなくなってしまったのかもしれない。

 それを見ていた黄昏夕陽は不思議なアイテムを今回は使わなかった。トーコが電池を入れてまで生きたいと願っていないことを知っていたからだ。トーコの意識の中に入り込む。そして、ネバーランドのような本の世界に夕陽は誘った。永遠に若いままで本の中で生きましょうと――。

 黄昏夕陽は今日は誰のもとに行くのだろう? もしかして、あなたの後ろにいるのは……黄昏夕陽かもしれない。