おたすけノベル

 アキラの家には偽物のお父さんがいる。そいつは、仕事をしないし、いつも酒ばかり飲んでパチンコという遊びをしている。でも、アキラのお母さんは、その男と再婚したので、夫婦だ。夫婦というものは助け合うものだと聞いているが、実際はお母さんが偽父を助けているとしか思えない。お母さんは優しい人だ。その人のために暴力を受けようと、暴言を吐かれようと文句ひとつ言わない。

 誰も助けることはできない難しいことだとしても、誰か一人くらい救世主はいるのかもしれない。よく漫画であるだろう? 危機一髪の時に勇者やヒーローが助けてくれるというシーン。絶対この世界にもそういったヒーローがいるはずだ、僕の前に現れるはずだと信じている自分がいた。いや、信じていないと精神がおかしくなりそうだったのかもしれない。わらにもすがる気持ちというやつだ。

 アキラは中学1年だが、部活には入らず、塾にいくお金はパチンコで消えるため、習い事はできない。たくさん習い事をして大変だと嘆く同級生を尻目に、なんとか生活費を工面して中学に通い、日々食べるものを得ているという生活だった。母親の稼いだわずかなお金はすぐに泡となって消えていく。恐怖の日々ではあるが、偽父が優しい言葉をかけると母は見たこともないようなうれしそうな顔をする。

「お母さんは偽父のことが大好きなのだろう。僕のことよりも好きなのかもしれない。でも、僕が大人になる前に母が倒れてしまわないのか」
 優しいアキラは、それだけが心配だった。

「消したら、お母さんが悲しむと思う。でも、一生懸命働いたお金をあいつに無駄に使われるお母さんがかわいそうだよ」

 悩みに悩んだ末、お母さんを守りたい、幸せになりたいとたそがれ時に思いを高鳴らせた。夕焼けが体を包む。不思議な感覚だ。

 すると、知らない古びたお店が出現した。おかしな話だが、あるはずのない建物が突然目の前に現れた。戸を開けて入ってみた。

「いらっしゃい。ここは夕陽屋という不思議な店さ。君の望みに合った品物を売っているんだ。君の望みはなにかな?」
 知らない少年の店員が出迎えてくれた。商品を見ると、見たこともない不思議なものがたくさん並んでいた。寿命がのびるあめ、書いたことが事実になるメモ帳……。

「偽の父がいいやつに変わるっていう商品はあるかな?」
「良い人という基準はとても難しいけどな」
 あるわけないと思いながら、一応聞いてみる。

「良い人っていうのは……真面目に働いてくれるとか、暴力や暴言を吐かずにギャンブルを辞めるとか」
「ただ、それだとのぞみが5つくらいになっちまうな。それに良い人だとしても、君に愛情を注ぐとは限らない」
「お父さんが浮気をしているのを見たとしたらお母さん離婚決意するかもよ? そんなときはにせもの写真なんていう商品もあるけどな」
「それでも、お母さんは一途だから許しちゃうんだ。優しい人なんだ」
 落ち着いた様子でさとすように少年が語りかけた。

「優しさって、時には毒にもなるっていうよな」
「毒になる?」
「今、まさにお母さんはきみを苦しめているから、それは毒だ」
「僕が勝手に苦しんでいるだけなんだ。お母さんは悪くない」
「優しさと弱さって表裏一体なんだぞ。一生懸命やっているけれど、結果子供を苦しめている。お母さんはきっと弱い人だ。誰かに愛されたいから再婚相手に逆らえない。1人ぼっちになりたくないだけなんじゃないか?」

 お母さんは悪くないと店員の夕陽相手にアキラは主張する。
「お母さんは、弱くない。本当のお父さんが死んでからもずっと一生懸命働いているし、僕を怒ったりしないし」
 こぶしに力を込めてアキラは母をかばう。

「怒らないことが優しいわけでもない。怒る優しさもあるってことだ。きっといつかはわかる日が来ると思うけどな」
「難しいことばっかいうよな。お母さんのことを悪く言うなよ。あいつがいなくなったらきっとお母さんはさびしいと思うけど、僕がいるからきっと大丈夫だと思うんだ。だから、あいつを行方不明にしてほしいよ」
「義理の父親がこの世に存在しないってことになってもいいのか?」
「僕はあいつが嫌いだから。あいつがいなくなればお母さんはきっと毎日が幸せだよ」

 夕陽が1冊の本のようなものを手に取っている。
「じゃあおたすけノベルを使ってみる? 本の世界に閉じ込めてしまうんだ。そして、その本は俺が預かるよ。きっと素晴らしい話が読めるだろうからね。価格は100円だよ」

 夕陽が冷酷な顔で説明するので、アキラは一瞬背筋がぞくっとした。
「どうやって使うの?」
「まずは閉じ込めたい人の前に行って最初のページを開く。すると、その相手を閉じ込めるという作りになっているんだ」

 閉じ込めるなんて怖いことを平然とした顔で説明する夕陽のことを怖いと思いながら、アキラは質問を続けた。
「閉じ込めた先はなにがあるの?」 
「この本はまだ白紙で無なんだ。なにもないってことだ。だから、この男がこのストーリーを創っていくのさ。閉じ込められた人間は実に面白い作品を創造するんだよ」
 説明をする夕陽はにやりと笑った。

 アキラはパチンコ帰りの義理父を待ちわびていた。義理父の前に立ち、おたすけノベルのページを開く。無言で開くと、そのまま男は大きな体が小さな本に吸われていく。そして、最後に指だけが見えたのだが、指も全て閉じ込められた。何も抵抗できなくなった男を閉じ込めたアキラは、とてもうれしい気持ちになった。

「正義の味方はいたんだ」
 そう言うと、その本はアキラの手から消え、夕陽屋に戻ってきた。

「おい、ここはどこだ?」
 閉じ込められた男がいくら問いかけても誰も答えてはくれない。何もない無の空間は人間にとって一番の地獄だ。そこに閉じ込められた男は無の世界と同化するということ。何も見えず聞こえず誰もいない世界は地獄なのだから。男の後ろにあった壁が渦巻き状の黒い空間となり穴が開く。掃除機に吸い込まれるようにあっという間に男の姿は闇に落ちた。

「無空間、何もない世界に閉じ込めた。何もないということは一番の恐怖になる。この本はどんな面白い話を創ってくれるのかな」
 夕陽がほほ笑む。

「残酷な男だふぁ」
 ふわわは相変わらず白い体を宙に浮かばせながら浮遊する。
「でも、これは仕事だから。これで、アキラが救われるなら仕方がないことだよ」
「夕陽のコレクションを増やしただけだふぁ」

 その後、しばらくしてからアキラが夕陽屋にやってきた。
「お母さんが偽父を探しているんだ。その人がいなければ死んでやる、捨てられた、もう仕事をしないと泣きわめいて精神状態がおかしいんだ。元に戻す方法はないの?」
 
「だから、お母さんは弱い人って言ったのにな。本当に優しい人ならば子供のために離婚するとかそういったこともできたのに。自分は男のために労働をする。子供の教育や将来なんてどうでもいい。ただ女として愛してくれる人が欲しい、なんて自分勝手でわがままな母親だな」

「もし、あの男を助けるのならば別の人がこの本に入らないとだめだぞ」
「でも、僕は入りたくないよ。お母さんならば代わりに入るといいかねないけど、あんな男と一緒に僕は生きていきたくないよ」

「新しいお父さんをみつけても、またこの母親は同じことを繰り返すのだから、徹底的に母親には反省してもらうしかない。義理の父親の暴力や暴言に比べたら、アキラは平和だと思うぞ。弱い人間につける薬はない。きっと母親はその男に依存していたんだろう。こんなにいい息子が目の前にいるのに気づかないのかよ。あきれたもんだな。まぁ、おまえはこの世界でハッピーエンドの物語をつくりだすんだぞ」

 ♢♦♢♦♢

 夕陽がアキラを説得して、アキラが帰宅した。ふわわは、白いからだを宙に浮かせて夕陽に話しかけた。
「人間は面白いふぁ。大変でも好きな人のために働くふぁ。でも、好きな人がいなくなったら働かないってこともあるふぁね」
「心の問題だよ。優しいと依存を勘違いすると痛い目にあうと思うけどな」
「人間はむずかしいふぁ」

 少しあとになって、人生の書庫から本を持ってきた夕陽はその後のアキラのストーリーを後日読んでいた。
「あのあと、アキラは義理の父がいなくなって、母親と転校したんだって。そして、バスケ部に入部したんだ。つまり、アキラは本当のお父さんが生きていた頃はバスケを習っていたんだよ。そして、義理の父親が来てからはバスケができなかったらしい。そして、新しいまちで本当の友達に出会ったらしいんだ。それが、ともだちチョコレートを買っていったヒサシだったらしい」
「でも、あのチョコレートを買ったヒサシは大人になってからアキラの借金の肩代わりをしたらしいふぁね。一体何にお金を使ったんだろうふぁね」
「真相はこの1冊の本に書いてあるけど、今日のところはここまでにするよ。人と人とのつながりっておもしろいだろ?」

 趣味が読書の夕陽は、人の人生をのぞくことが好きなだけではないだろうかと密かに思っているふわわだった。