「桜さん、そのお茶頂いてもよろしいですか?」

「は、はい」

私は茶碗をゆっくりと奏多さんの前に差し出す。

「お点前(てまえ)、頂戴致します」

奏多さんは差し出された茶碗の手前に手をつき、一礼してお点前(てまえ)を頂く。

その姿を私はジッと見つめる。色々話したい事はあるけど、何から話していいのか分からない。

「蒼志君が婿入りして華月流の跡を継ぐって事ですか?」

口にした茶碗を下に置き、奏多さんは真剣な表情で唐突に聞いてきた。

「いえ……蒼志には呉服屋がありますので、婿入りはしてくれますが華月流の跡は継ぎません。その役目は私がやれって……そう言われました」

「なるほど。蒼志君も上手く考えましたね。それだけ桜さんの事が好きなんでしょうけど……」

奏多さんはスッと立ち上がり、座っている私の前に移動してきた。そして私の視線に合わせるように顔を近づけ、(あご)に手を添える。

その仕草や表情が妖艶で、私は奏多さんから目が離せない。

「華月流次期家元は桜さんって事ですか。じゃあ僕が華月家(ここ)に残る理由はなくなりましたね」

「京都に帰るって……事ですか?」

「そうですね」

そう言って奏多さんは私から手を離し、そのまま立ち上がった。

そして私に背を向け茶室を出ようと障子に手を置く。

早く何か言わないと奏多さんが茶室から出て行ってしまう。でも焦りだけが先走り、言葉が上手く出てこない。