「そんな顔しないで。アリスがね、うふふ~って美少女キャラ作ってるのも嫌いじゃないよ。
面白い子だなって思って見てたし、不器用だなーとも思ってた。だって、もともと可愛いのにさ」
お、面白い?
「でも、このまま表面的な関係でおわっちゃったら寂しいなって、思ったの。もっと仲良くなりたいなーってずっと思ってたよ」
「ご、ごめんね、あゆみちゃん」
「え? どうして?」
「せっかく仲良くなってくれたのに、私、ちゃんと、ホントの自分をみせてなかったから……」
あゆみちゃんがそんなふうに考えてくれていることにすら、気が付いてなかった。
「ちょ、ちょっと待って、アリス! 私、アリスを責めてるんじゃないよ? そんなにしょんぼりされると、かえって困るっ」
「でも、自覚あるから」
「そんなの当たり前だよ。まだ入学して3か月だよ。みんな多かれ少なかれ自分を作ってる時期だよ。
でも、私はホントのアリスを、もっと知りたいなって思ってたから」
あゆみちゃん……。
じわっと涙が浮かんだところで、別の方向から声がする。
「それ、わかります。私もわりと最初から、面白いひとだなと思って見てました」
……へ?
あゆみちゃんと、目を丸くする。
だって、低く響いた声の主は、あゆみちゃんじゃない。
それなら、……だれ?
ふたりできょろきょろと、見回すと。
「あの、今の、私の発言です……」
牛丼屋の店員さんが、いきなり会話に入ってきた……!
ぎょっとしていると。
「わ、私、おなじクラスの蕪村花子です……」
「ええっ! 蕪村さん⁈」
「蕪村さん、こ、こ、こ、こんなところでなにを?」
あゆみちゃんと同時に叫んで、目を丸くする。
オレンジ色のユニフォームを着て、帽子をかぶって、眼鏡をかけている蕪村さんは、声をかけてもらわなかったら、絶対に分からなかった。
「私、少し前からここで、アルバイトをしてまして」
「アルバイトなんて、バレたら退学じゃないの?」
あゆみちゃんが目をぱちくりさせながら、蕪村さんにたずねると。
「うちの学校、アルバイトは禁止はされてないので」
「そ、そうなの?」
びっくりしすぎて、声が裏返る。
「はい、学校柄、家業を手伝ってる方も多くいらっしゃるので」
家業っ!
アルバイトの意味っ!
「と、とにかく、びっくりしたっ」
「う、うん」
あゆみちゃんとうなずき合う。
「まさか、蕪村さんがこんなところでバイトをしてるとは思わなかった」
「ここは、笑顔の接客とか必要ないので。私に向いているというか」
「そ、そうなの?」
笑顔がいらない接客業?
「ここは笑顔よりも、秒で対応できる素早さが求められるので」
へえ……。
「アリス、万が一にもやってみようかな、とか思っちゃダメだからね!
アリスがこんなところでバイトしたら、アリス目当ての男が押し寄せて大変なことになるよっ! 事件だよっ」
「それは、ホントに。ただ、王女を見ながら、牛丼を食したい欲求も……」
「王女って?」
きょとんと答えると、奥から短髪のがっしりとした大学生らしき男のひとが、ぴょこっと顔をだす。
「あ、蕪村さん、友達きてるんだ? うわっ、めちゃくちゃレベル高っ! すげえな、いまどきのJK」
「そういう目で見るなら、訴えます」
汚らわしいものを見るように、その大学生らしき人をにらみつけている蕪村さん。
「ちょ、ちょっと、蕪村さんっ!」
「あはっ、蕪村さん、面白いよね。学校でもこんな感じ? それより、ちょうど休憩時間だから、蕪村さんも友達と一緒にまかない食べちゃったら?」
「あ。はい、どうも」
ぺこりと蕪村さんが頭をさげた、その五分後。
あゆみちゃんをはさんで、蕪村さんと一緒に牛丼を食べるこの不思議。
ここ数日、想定外の出来事が多発しすぎていて、理解が追いつかない。
「あ、あの、どうしてアルバイトしてるか、聞いてもいい?」
蕪村さんは目立つ人ではないけれど、本物のお嬢様の風格をただよわせている。
仕草とか、ちょっとした振る舞いに品がある。
アルバイトなんて必要なさそうなのに……。
すると、蕪村さんが真顔で答える。
「推しがいる生活は、とにかくお金がかかるので」
……推し?
「あー、うちの妹もよく言ってる。百万あっても足りないって」
ひゃ、百万!
「あ、たとえね、たとえ話。うちの妹、まだ小学生だから」
うえええ、知らない世界!
「妹さん、推しのいるいい育ち方されていて。素晴らしい早期教育ですね」
蕪村さんが、感心してるけど。
……推しのいるいい育ち方って⁈
「あー、うん。すごいよ、うちの妹」
あゆみちゃんが蕪村さんと、シンクロしてる……。
「それより、さっきの話だけど……」
あゆみちゃんにたずねられて、満足げに目を細める蕪村さん。
「私も入学当初から王女、いえ、春宮さんの挙動には興味がありまして」
「……あ、あの、お、王女って?」
さっきから、妙なあだ名(?)で呼ばれているような。