彼を喜ばせたかったのに、彼の好きな物を知りたくて元カノに聞き込みをしたとは知られたくない。
 こんな複雑な気持ちになるのは初めてだった。

 紅茶を飲んで一息ついたヘンリーは、興味深そうにミゼルのメモを引き寄せた。

「子どもだましみたいな方法だけど、一応試してみようかな。もしもそれで記憶が戻ったら王子サマも助かるし、めでたしめでたしだ」

 ミゼルがまとめたメモには

 ・びっくりさせる
 ・氷で冷やす
 ・棒で殴る

 と三つの事項が書かれていた。

「まずはヘンリー様をびっくりさせるところからですね」
「オレはびっくりしないよ? 実戦も経験しているし、夜襲の訓練だって定期的にあるからね」

 一瞬の隙が命とりになる騎士は、びっくりしない訓練もしているらしい。
 物陰から現れたり、突然大きな声で呼びかけたられたりしてもヘンリーは驚かないそうだ。

 驚かすのはとりあえず諦めて、ミゼルはそばで控えていた執事に氷を持ってくるように命じた。
 銀のワインクーラーに山ほど積まれてきた氷を見て、ヘンリーは目を丸くする。

「こんなによく用意できたね」
「我が家の領地に標高の高い山があるので、雪や氷は手に入りやすいんです」

 高い山にある湖から切り出した氷は不純物が少なく溶けにくいので、夏場だけでなく一年中出荷している。
 主な取引先は、王城や貴族のお屋敷。つまりは高級品なのだ。

 ミゼルは、ワインクーラーをのせたワゴンの前に行くと、ワゴンを運んできた執事に目で合図した。

「それでは、ヘンリー様。これから頭を冷やさせていただきます」
「氷を頭にのせるの?」

 座ったまま首を傾げるヘンリーに、ミゼルは大きく首を振った。

「いいえ。もっとしっかり冷やします。こうしてっ!」