「僕らはマリアヴェーラ様が好きだから来たんだよ。ループレヒトも、たくさん冒険しておいでって送り出してくれたの。タスティリヤは花がたくさん咲くんだよね。それに料理もおいしいって聞いた。楽しみだなぁ」

 わくわくするミオは、引きこもっていた頃の彼とは別人みたいだ。
 楽しそうにおしゃべりする彼を、マリアとレイノルドは親のような視線で見守った。

 揺れる車内は、ほどなくして静かになった。
 そろってうたた寝するミオとニアにブランケットかけたマリアは、レイノルドに手を握られてきょとんとする。

「どうかないさまして?」
「忘れてすまなかった」

 短い言葉には、罪悪感と後悔と苦しみが溶け込んでいる。
 マリアを忘れたのは魔法のせいなのに、義理堅いレイノルドは自分が悪いと思っているらしい。

(本当にお優しい方)

 ここまで落ち込んだレイノルドの顔を見るのは初めてかもしれない。

「俺は、まんまと魔法にかかってあんたを忘れて、ルクレツィアと婚約したり冷たい態度を取ったりした。あんたにどんなことをしたのか、ちゃんと覚えてるんだ」

 反省するレイノルドの頭にしゅんと下がった耳が見えるようで、マリアはきゅんとする。
 大好きな人の新しい表情が見れただけで、これまでの苦労が報われる。

(だけど)

 正直に許したのではおもしろくない。
 マリアはいたずら心を出して、きっと眉を吊り上げた。

「わたくし、とても怒っておりますわ。レイノルド様ったら、恋人のわたくしを突き放して、ルクレツィア様とべたべたしたと思ったら、結婚式を挙げにルビエ公国に行くと決めて、あげくの果てに代わりに斬られて昏睡状態だなんて」

「本当にすまなかった。あんたの気が済むまで謝るし、何でも言うことを聞く」
「何でもっておっしゃいましたわね?」

 ずいっと前のめりになったマリアに、レイノルドはパチパチと瞬いた。
 隙だらけの顔がおもしろい。

 マリアはふふっと微笑んで、彼の唇にちゅっと触れた。
 大好きの気持ちを込めて。

「これで許して差し上げますわ」

 まさかマリアからキスされるとは思っていなかったレイノルドは、目をまん丸にした。
 パクパクと口を動かしながら赤くなって、まいったと言うように口元を手で覆う。

「勘弁してくれ。これ以上、好きになったらどうするんだ」
「まだ余裕があるのでしたら、わたくし頑張って口説きますわね」

 もう誰にも奪われないように。
 マリアはレイノルドと指をからめ合うと、彼の肩に頭をあずけて目を閉じた。

「レイノルド様、愛していますわ」
「俺も愛してる」

 レイノルドはマリアの頭にこめかみを重ねた。
 久しぶりの甘い時間にひたる恋人たちを薄目で見ていたニアは、音を立てないように大あくびをした。