相手を観察して心に入り込む。
掴んだ心を離さないための餌や罠も忘れない。
マリアの人心掌握術は、公爵令嬢として生きる中で身につけたものだ。
女性同士の関係はどう維持するか。婚約者がいる男性にはどう接するか。
数多のお茶会やパーティーを通じて磨き上げてきたコミュニティー能力こそがマリアの武器だ。
開く花びらの形や色が一つ一つ違うように、相手の家格や性格に応じて、会話の内容や笑う回数、口調を変え、気分よく過ごさせて自分の印象を高める。
一方、話し合いの場では棘も必要だ。
難しい交渉事をするならば、丸め込まれないように強い印象を与えなくてはならない。
今日のマリアは、棘のある薔薇モード。
胸元が大きく開いたドレスは深紅で、シャンデリアの光を受けて織り込んだ薔薇模様が光る。いかにも強気な女の装いだ。
本当は、ほんわかしたピンクや水色、繊細なレースに包まれてかわいいを満喫したいが。
(大切なものを取り戻すまで〝かわいい〟はおあずけよ)
マリアは、いぶかしげな表情でこちらを見てくるレイノルドに気づいて、小さく微笑む。
「大公閣下。わたくしにお話とはなんでしょう?」
「貴様、よくも我が公子たちを誘惑してくれたな! 二人ともタスティリヤに行くと言い張っておるぞ!」
こちらを指さして唾をまき散らす大公に、マリアは軽蔑の目を向ける。
「それに何の問題が? お二人とも成人していらっしゃるのですから、行先くらいご自分でお決めになるでしょう」
「タスティリヤなのが問題なのだ! 公子は人質にしてルビエ公国を脅し、不条理な要求をして来るつもりだろう!」
他人事みたいな言い分だったので、マリアは思わず笑ってしまった。
妹がいつまでも笑い続けるので、ダグラスが仕方なく口を出す。
「恐れながら申し上げます。タスティリヤは、ルクレツィア公女殿下がなさったように他国の王族を盾にしたり、大公閣下がやろうとしたように他国の世継ぎを奪って子を縛りつけたりはしません。そんなことを画策するのは私の愚妹くらいですよ」
「まあお兄様、こうでもしないと大公閣下はわかってくださらなくてよ。大切な人を、目の届かない場所に留められるのがどれほど恐ろしいか、自覚なさいまして?」
表面上はにこやかに――細めた目の奥にメラメラと怒りを燃え上がらせるマリアの迫力に、大公は「ひっ」と悲鳴を漏らした。
威厳ある父の情けない姿に、ルクレツィアもまた声を漏らす。
「……お父様のあんなところは初めて見ました」
掴んだ心を離さないための餌や罠も忘れない。
マリアの人心掌握術は、公爵令嬢として生きる中で身につけたものだ。
女性同士の関係はどう維持するか。婚約者がいる男性にはどう接するか。
数多のお茶会やパーティーを通じて磨き上げてきたコミュニティー能力こそがマリアの武器だ。
開く花びらの形や色が一つ一つ違うように、相手の家格や性格に応じて、会話の内容や笑う回数、口調を変え、気分よく過ごさせて自分の印象を高める。
一方、話し合いの場では棘も必要だ。
難しい交渉事をするならば、丸め込まれないように強い印象を与えなくてはならない。
今日のマリアは、棘のある薔薇モード。
胸元が大きく開いたドレスは深紅で、シャンデリアの光を受けて織り込んだ薔薇模様が光る。いかにも強気な女の装いだ。
本当は、ほんわかしたピンクや水色、繊細なレースに包まれてかわいいを満喫したいが。
(大切なものを取り戻すまで〝かわいい〟はおあずけよ)
マリアは、いぶかしげな表情でこちらを見てくるレイノルドに気づいて、小さく微笑む。
「大公閣下。わたくしにお話とはなんでしょう?」
「貴様、よくも我が公子たちを誘惑してくれたな! 二人ともタスティリヤに行くと言い張っておるぞ!」
こちらを指さして唾をまき散らす大公に、マリアは軽蔑の目を向ける。
「それに何の問題が? お二人とも成人していらっしゃるのですから、行先くらいご自分でお決めになるでしょう」
「タスティリヤなのが問題なのだ! 公子は人質にしてルビエ公国を脅し、不条理な要求をして来るつもりだろう!」
他人事みたいな言い分だったので、マリアは思わず笑ってしまった。
妹がいつまでも笑い続けるので、ダグラスが仕方なく口を出す。
「恐れながら申し上げます。タスティリヤは、ルクレツィア公女殿下がなさったように他国の王族を盾にしたり、大公閣下がやろうとしたように他国の世継ぎを奪って子を縛りつけたりはしません。そんなことを画策するのは私の愚妹くらいですよ」
「まあお兄様、こうでもしないと大公閣下はわかってくださらなくてよ。大切な人を、目の届かない場所に留められるのがどれほど恐ろしいか、自覚なさいまして?」
表面上はにこやかに――細めた目の奥にメラメラと怒りを燃え上がらせるマリアの迫力に、大公は「ひっ」と悲鳴を漏らした。
威厳ある父の情けない姿に、ルクレツィアもまた声を漏らす。
「……お父様のあんなところは初めて見ました」