ルクレツィアは紅茶を口に含んだ。
 だが、味も香りもしない。

 マリアの鋭い指摘に動揺して、五感が鈍ってしまっている。

「私の立場が弱いのは、側妃だった母親がすでに亡くなっているからですわ。侍女仕えをしていた頃に見初められた平民だったので、実家の後援もありません」

 ルクレツィアは亡き母親を思い出した。
 線が細くて美しく、朗らかな人だったが、他の妃のように寵愛は続かずに子どもはルクレツィア一人だけ。
 大公の気まぐれに振り回されて一生を終えた可哀想な女性だった。

「私は大公の末子だったので兄や姉に見下されているんです。心を寄せてくださるのはルーイお兄様くらいのものでした。けれど――」

 ルクレツィアは、青琥珀のブレスレットをはめた腕を持ち上げた。

 これはルクレツィアが生まれた晩に、最初の贈り物として父に渡された物。
 まごうことなき大公の娘である証拠だ。

 だからこそルクレツィアは、絶対に母のようにはならない自信があった。

「私は本物の公女なので、城に居場所がないことはありません」

 天上から糸で吊られているように背筋を伸ばして、ほんの少し口角を上げて微笑み、自慢の瞳でまっすぐにマリアを見つめる。

 たいていの相手はこれでルクレツィアに心を開いてくれるのだが――あろうことか、マリアは組んだ両手に顎をのせて、同じような表情を浮かべていた。

「家族扱いされているなら、こんな粗末な塔にはいないはずです。大公の次男も元平民の側妃から生まれておいでですが、まっとうな公子として扱われていましたわ。ルクレツィア様が公女として尊重されないのは、生まれが特に変わっていたからではありませんの? たとえば、ルビエ公国で虐げられている〝魔法使い〟の娘だったとか」

「貴様っ!」