大公が末娘ルクレツィアの顔を見て安心したのは本心だろう。しかし、彼女を満足させるために、他国の次期国王を国に留めるのは不誠実だ。

 完全なる国際問題だが、ルビエ公国はタスティリヤ王国のような小国に恨まれてもかゆくも痛くもない。

 たとえ戦争になっても、魔法が使えるルビエ公国の方が圧倒的に有利なので、エマニュエル王妃の要求をのむ理由はないというわけだ。

 大公の身になってみれば、娘をなだめすかして手元で見守りたいのが親心だろう。

(それはこちらの王妃もわかっておいでよ。だから、わたくしを遣わせたのだわ)

 マリアは、すっと立ち上がった。

 使者として謁見するなら頭は低く。
 しかし相手と交渉する場合は、舐められないように大きくでなければならない。

 突然の行動に、ルーイとジーンが目を丸くし、ダグラスは青ざめた。

「何をしている。マリアヴェーラ」
「お兄様、黙っていらして」

 小声でぴしゃりと言ったマリアは、両手を重ね合わせて堂々と微笑んだ。

「ルビエ大公閣下。兄ダグラスに代わりまして、わたくしからもエマニュエル王妃のお言葉を伝えさせていただきます」

「伝言もあるのか?」

「ええ。ですが、その前に……ルビエ公国は今年、穀物が不作だったと聞いておりますわ。貴族の皆さま方はそうでもなさそうですが、都に来る前に滞在した屋敷や食堂では、少ない食べ物をやりくりしていました」

 ループレヒトの屋敷があった村は人口が少ないためか、保存している食糧もわずかだった。
 それを村全体で分け合いながら春が来るのを待ち望んでいる。王都の近くでこれならば、遠い領地や村はもっと苦しいはずだ。

「お兄様が留学していた頃から、食糧問題があったそうですね。ルビエ公国は、なぜ広大な国土と魔法がありながら、わずかな穀物しか収穫できないのか。それは、魔法で気候は変えられないからですわ」

 火炎の猫が雪を溶かして回っているのを見て、マリアは、どうして大規模に炎を当てないのだろうと思った。
 魔法で野焼きのように広範囲に炎を広げるか、村全体を温暖な空気で包んでしまえばいいのではと考えたのだ。

 そのアイデアはミオに却下された。魔法はそんなに万能ではないのだと。

「最近仲良くなった魔法使いが言っていました。大地や空といった自然に影響を及ぼすような魔法はないと。自然の力は大きくて人間が小手先で操作できないため、植物の生育は自然に任せるよりありません。ですから、ルビエの短い春と夏、あっという間に過ぎる秋では、国民全体が満足に食べられる量を収穫できないのです。そうですね?」

 図星をつかれた衆目に動揺が走った。
 ルーイは、困惑ぎみに紫色の目を細める。

「そうだね。そのせいで、ルビエ公国は毎年のように飢饉にさらされている。飢餓で大量の死者が出た年もあった。その時は、城に貯蔵されていた食糧を配給しようとしたけれど、大雪が降って大量の荷を運ぶのは不可能だったんだ」

「それはお気の毒でした」

 悲嘆いっぱいに告げて、マリアは口元を扇で隠した。

 寒冷地ゆえに食糧問題を抱えたルビエ公国に対して、小国ながら温暖なタスティリヤ王国が勝負を仕掛けられるのはここだ。

「それを踏まえて、タスティリヤ王妃のお言葉をお伝えします。ルビエ公国が望むなら、我が国から毎年決まった総量の穀物を、ルビエ公国に優先的に運び入れる用意がありますわ」