夜着に着替えたヘンリーは、ホットワインのカップを手にして薄暗い部屋を見回した。
魔法で灯った照明は光が弱い。
吹雪の音が石壁を伝って部屋に響いていて、得体の知れない怪物の寝息のようだった。
不気味だ。だが、ヘンリーがそれを口に出すと、たちまち陳腐に感じられた。
「お前はここでも変わらないな」
レイノルドは、少しも気にならないふりをして、岩のように硬いベッドに腰かけた。
ヘンリーの陽気さが心強い。
女好きのチャラ男にこんなところで救われるとは思わなかった。
「お前はあの二人をどう思う?」
レイノルドは、オースティンに触れるルクレツィアを思い浮かべた。
二人の関係にはヘンリーも違和感を持っていたようで、カップに口をつけながら含みのある笑顔を浮かべた。
「絶対できてるよね、あれは」
「やはりそう思うか」
年頃のルクレツィアが外遊に連れてくるには、オースティンは若すぎる。
彼女の侍女はレイノルドの前ではしゃべらない。
タスティリヤ南部のなまりを隠すためだと気づいたのはアルフレッドだった。兄はこっそりレイノルドにそれを教え、気を付けろと忠告してくれた。
「ルクレツィアの本来の従者はオースティン一人だ。恋人同士の旅行だとしても、ルビエ公国の侍女を連れて歩かないのは違和感があるが……」
「駆け落ちなら、二人きりにも説明がつくんじゃないかな。公女と従者、身分違いの恋を叶えるために逃走、もしくは心中ってありがちじゃない?」
タスティリヤでも貴族と平民の結婚はすんなりとはいかない。
親に反対されてご破算になることが多いし、それでも恋を諦められないならば、家や身分を捨てて駆け落ちするしかないのだ。
ルクレツィアがオースティンと結ばれるために出奔したのであれば、ジーンが彼女を煙たそうに迎えたのも説明がつく。
「駆け落ちしたなら、なぜ俺を連れてルビエに戻ってきたんだ?」
「それがわかんないんだよね。公女サマは、好きな男と結ばれたのに、なんで王子サマと結婚しようとしてんのかな。しかも、彼氏が近くにいる状態でだよ。そういう性癖? さすがのオレも理解できないよ。どんなシチュエーションに興奮してもいいけど、タスティリヤを巻き込まないでほしいよねー」
早口でまくしたてたヘンリーの頬が赤かったので、レイノルドはカップを取り上げた。
「飲みすぎだ、酔っ払い。さっさと寝ろ」
「えー? オレ、護衛の仕事中なんだけど」
「仕事中なら飲むな。今日は俺が起きてる」
ヘンリーにクッションをぽいっと投げつけて、レイノルドは窓際の椅子に腰を下ろした。
そのまま起きていようとしたが、明け方に目が覚めたときにはベッドに横たわり、ご丁寧に布団をかけられていた。
隣のベッドにヘンリーはいない。
他の騎士に行方を聞いても知らないと言うので心配していたが、昼になって戻ってきた。
「城の方の侍女ちゃんたち、けっこう美人ぞろいだったよ。オレ、やる気出てきちゃったなあ」
異国に来てもヘンリーはヘンリーだった。
魔法で灯った照明は光が弱い。
吹雪の音が石壁を伝って部屋に響いていて、得体の知れない怪物の寝息のようだった。
不気味だ。だが、ヘンリーがそれを口に出すと、たちまち陳腐に感じられた。
「お前はここでも変わらないな」
レイノルドは、少しも気にならないふりをして、岩のように硬いベッドに腰かけた。
ヘンリーの陽気さが心強い。
女好きのチャラ男にこんなところで救われるとは思わなかった。
「お前はあの二人をどう思う?」
レイノルドは、オースティンに触れるルクレツィアを思い浮かべた。
二人の関係にはヘンリーも違和感を持っていたようで、カップに口をつけながら含みのある笑顔を浮かべた。
「絶対できてるよね、あれは」
「やはりそう思うか」
年頃のルクレツィアが外遊に連れてくるには、オースティンは若すぎる。
彼女の侍女はレイノルドの前ではしゃべらない。
タスティリヤ南部のなまりを隠すためだと気づいたのはアルフレッドだった。兄はこっそりレイノルドにそれを教え、気を付けろと忠告してくれた。
「ルクレツィアの本来の従者はオースティン一人だ。恋人同士の旅行だとしても、ルビエ公国の侍女を連れて歩かないのは違和感があるが……」
「駆け落ちなら、二人きりにも説明がつくんじゃないかな。公女と従者、身分違いの恋を叶えるために逃走、もしくは心中ってありがちじゃない?」
タスティリヤでも貴族と平民の結婚はすんなりとはいかない。
親に反対されてご破算になることが多いし、それでも恋を諦められないならば、家や身分を捨てて駆け落ちするしかないのだ。
ルクレツィアがオースティンと結ばれるために出奔したのであれば、ジーンが彼女を煙たそうに迎えたのも説明がつく。
「駆け落ちしたなら、なぜ俺を連れてルビエに戻ってきたんだ?」
「それがわかんないんだよね。公女サマは、好きな男と結ばれたのに、なんで王子サマと結婚しようとしてんのかな。しかも、彼氏が近くにいる状態でだよ。そういう性癖? さすがのオレも理解できないよ。どんなシチュエーションに興奮してもいいけど、タスティリヤを巻き込まないでほしいよねー」
早口でまくしたてたヘンリーの頬が赤かったので、レイノルドはカップを取り上げた。
「飲みすぎだ、酔っ払い。さっさと寝ろ」
「えー? オレ、護衛の仕事中なんだけど」
「仕事中なら飲むな。今日は俺が起きてる」
ヘンリーにクッションをぽいっと投げつけて、レイノルドは窓際の椅子に腰を下ろした。
そのまま起きていようとしたが、明け方に目が覚めたときにはベッドに横たわり、ご丁寧に布団をかけられていた。
隣のベッドにヘンリーはいない。
他の騎士に行方を聞いても知らないと言うので心配していたが、昼になって戻ってきた。
「城の方の侍女ちゃんたち、けっこう美人ぞろいだったよ。オレ、やる気出てきちゃったなあ」
異国に来てもヘンリーはヘンリーだった。