どんな関係を築いていたのか思い出そうとすると、頭が痛んで倒れそうになる。側近は知らないと言うし、他の者に聞こうとするとオースティンにはばまれる。

(マリアヴェーラ本人に聞こうとしたら、キャビネットが倒れてきた)

 あれは不運な事故ではない。
 マリアが二人の関係を語ろうとした瞬間、レイノルドは自分の足元から蜘蛛の糸のような細い光が伸びるのを見た。
 光が絡みついたキャビネットは、あっという間にマリアに向かって倒れてきた。

(あれは魔法だ)

 間一髪のところで下敷きにならずにすんだが、もしもレイノルドが助けなかったらマリアは死んでいただろう。

 震えるマリアを抱きしめながら、レイノルドは考えていた。
 あんな真似ができるなら、記憶を書き換えることも可能なのでは?

(だが、証拠がない)

 魔法でレイノルドの中にあるマリアの情報が消されたとしたら、犯人は十中八九ルクレツィアだ。
 オースティンの行動を見ているかぎり単独犯の線はありえない。

 問題は動機がわからないことだ。

 大国の公女で妖精のような見目を誇るルクレツィアは、縁談相手に事欠かなかったはずだ。
 タスティリヤ王国の第二王子に取り入って結婚したところで、彼女にメリットはない。

(記憶を取り戻すには、ルビエ公国に行って魔法の解き方を探すしかないか)

 目的のために、レイノルドはルビエ公国行きを承諾した。
 ルクレツィアは母国で結婚式を挙げられると喜んだが、もちろんレイノルドに彼女と結婚する気はない。

 自分にかかった魔法を解いて、本当の記憶を取り戻し、タスティリヤ王国に戻ってくる。

 馬車に乗り込んだレイノルドは、座席に落ちていたラベルピンに気づいた。
 スズランの形のそれを上着につけると、なぜだかマリアヴェーラの顔が浮かんだ。

 涙をぼろぼろこぼす横顔と、幼子みたいな泣き声。
 気高く完璧な令嬢のそんな表情、いつどこで見たんだったか。

(戻ってくるまで、あんたとはお別れだ)

 王妃の元にいる彼女を想って、レイノルドは目を閉じた。