思わずマリアは叫んでいた。

「ルクレツィア様に、タスティリヤに骨をうずめる覚悟があるとは思えません!」
「私もそう思うわ。でも、陛下がお決めになったらどうにもできない。お手上げなのよ」

 王妃はほとほと困り果てた様子で、中身の減らないカップを置く。
 取り皿にのせたケーキにもフォークを入れていない。
 息子が心配で食欲がないようだ。

(王妃殿下にもなすすべがないなんて)

 目の前が真っ暗になる。ここまで絶望するのは久しぶりだった。
 けれど、光明はすぐに差した。

 レイノルドを一人で行かせるからいけないのだ。
 マリアが近くにいたなら、どんな手を使ってでも彼をタスティリヤへ連れ戻してみせる。

「――王妃殿下、今日限りで侍女をやめさせてください」

 マリアはすっくと立ち上がり、両手を重ねて王妃に申し入れた。

「わたくしもルビエ公国に行きます。レイノルド様をみすみす奪われるのは我慢なりません」

 まっすぐ前を向くローズ色の瞳は闘志に満ちていた。

 恋をすると人は変わるというが、マリアの闘争心は、王子の婚約者として貴族令嬢たちの中で頭角を現すために磨き上げたものだ。

 そこに、恋に生き、恋のためなら死ねる乙女らしい白黒思考が加わると、捨て身で特攻することもいとわない無敵の人ができあがる。

 恋は戦争とはよく言ったものだ。
 こうなるとマリアはもう止まらない。

 王妃は冷たくも温かいまなざしで、懸命にレイノルドを守ろうとする彼女を見つめる。

「大公への密書を準備するわ。我がタスティリヤ王国は、第二王子レイノルドをルビエ公国に渡すつもりはないと示しましょう。貴方が届けてもらえるかしら」

「お任せください。必ずやレイノルド様をルビエ公国から連れ帰ってみせますわ。それでは」

 マリアは振り返らずに部屋を出ていく。
 その背中にタスティリヤの未来がかかっていることを、王妃だけが知っていた。