びっくりしてマリアは箱を落としてしまった。
 息を切らしたレイノルドは、つうと垂れてきた汗を袖でぬぐう。

「姿が見えたから追ってきた。話がしたい」
「かまいませんわ」

 マリアが頷くと、近づいてきたレイノルドは顔をまじまじと見てくる。

「何か?」

「見慣れないのに懐かしいのはどうしてか考えていた。あの後、王妃にあんたとの関係を聞いたんだがはぐらかされた。国王も同じだ。兄貴は『本当に覚えてないのか』と怒って理由を教えてくれようとしたが、オースティンに妨害された」

 自分の記憶を疑って初めて、周りのごまかしに気づいたというレイノルドは、不信感を極めていた。

 不良学生に戻ったようにネクタイを緩め、ジャケットを肩掛けした自由な服装なのは、彼なりの反骨心の表れかもしれない。

「俺とあんたが恋人だったことも考えた。けど、あんたは婚約者の兄貴を差し置いて浮気をするような人間じゃない。だが、そもそも俺はあんたがどんな性格なのか知らないはずなんだ。それなのに、どうしてわかる。それがわからない」

 堂々巡りとはこういう場合を指すのだろう。
 困り果てた様子で眉を下げて、レイノルドはマリアの瞳をのぞき込んでくる。

「俺はもうお手上げなんだ。あんたが教えてくれないか。本当のことを」

 真実を伝える時が来たようだ。

「わたくしと、レイノルド様は――」

 本来の関係を明かそうとしたら、ガコンッと重たい異音がした。
 言葉を切ったマリアが見たのは、上段の棚が外れ、そのいきおいで傾いてくるキャビネットだった。

「マリアヴェーラ!」

 恐怖で動けない体にレイノルドが飛びかかってきた。
 マリアは彼と一緒に床に転がる。
 その直後、キャビネットは、二人が立っていた場所にドゴンと大きな音を立ててめり込んだ。
 衝撃で床が大きく揺れた。
 もくもくと立った埃が、窓から差す陽に白くけぶる。

(危なかったわ)

 ドキドキと早鐘を打つ鼓動を落ち着かせながら、ふっと目を開けると――

「あ……」