ルクレツィアの侍女たちだ。
 洗濯係の少女を取り囲んで、仕事を寄こせと詰め寄っているところだった。

 三つ編みの少女は、リネン類を入れた籠を抱えて首を振った。

「困ります。この仕事を取り上げられたら、弟たちを食べさせられなくなっちゃう。うちは貧乏貴族なんですよ!」

「お役目までは取り上げねえよ」
「ああ。あんたは休んでればいいべ」

 なおも手を伸ばしてくる侍女たちに、少女の顔がこわばる。

(いけないわ)

 マリアはカツカツと靴音を立てて近づき、群れる彼女たちに大きな声で話しかけた。

「oyeamaikw ho nubm」
「ふえ?」
「な、なんだなんだ」

 侍女たちは狼狽した。マリアはその隙に少女を背にかばう。

「ルクレツィア公女殿下にお仕えしている方たちですね。ルビエ公国で使われているルビエ語で話したのですが、おわかりになりませんでした?」

 わざとらしく指摘する。
 自分たちがルビエ公国から来たのではないと知られたら大目玉を食らうらしい侍女たちは、さーっと青くなった。

 三つ編みの少女も「そういえば、南方のなまりだったような」と小首を傾げる。

「ひょっとして、あなたたちはルビエ公国の人間じゃないの? 公女様の侍女なら、さっきなんて言われたか言ってみなさいよ」

「――『身分をわきまえよ』です」

 突然現れたオースティンが見事に答えた。
 彼は固まる侍女たちを睨んでから、マリアのお仕着せをじろじろ見た。

「家から追い出されでもしたんですか?」
「そのようなものですわ」

 マリアがおほほと笑えば、オースティンは付き合いきれないとばかりに首を振って、侍女たちに命じた。

「――別邸に戻れ。使えないやつらめ」

 すると、侍女たちは一様に虚ろな目つきになってぞろぞろと歩き出した。
 まるで亡者のような足取りに少女は「ひっ」と声を漏らす。

 オースティンは一列になった侍女の最後尾につき、すれ違いざまマリアに囁いた。

「anurus amyj onatkona」
「iramado」

 尊大な態度でマリアは返した。今さら牽制されたって怖くはない。
 ぞろぞろ去る一団に、少女はふんと毒ずく。

「気持ち悪い連中!」
「そうね。蜘蛛みたいだわ」

 巣に帰る一団は、一言も発さずに逢魔が時の薄闇にまぎれていった。
 ぞろぞろとした黒いかたまりは、蜘蛛の子というより今にも崩れそうな泥人形のようにも見えた。