時計の短い針が、『9』目前で踏み止まっている。秒針を刻む時計の鼓動は、静寂が支配する部屋に、ただひっそりと響いていた。
月の光に幾度も照らされる振り子は、真っ黒な壁をひたすらになぞっている。壁の細やかな凹凸ですらも、月の光で露わになってしまう。
まだまだ夜も序盤、窓から見える外の景色には、無数のネオンが映っている。早足で帰路を歩くサラリーマンと、自転車を全力で漕ぐ学生。住宅街を跨ぐ道は、まだまだ賑やかであった。
スマホを見ながら若干苛立ちを見せるサラリーマンは、途中の横断歩道が『紅』になっているにも関わらず、そのまま突っ切った。そしてそのサラリーマンを横目で睨みつけるのは、道路標識の男の子。
寂しく夜の道に立つ少年は、自分の影を伸ばしながら、なだらかに過ぎていく時間を、ただ耐えるしかなかった。
『窓』という名の『風景画』を背にしているのは、布団を全身に纏う、部屋の主である男。主が鎮座するベッドの下には、缶や瓶が散らかり放題だった。
そして床下からは、言い表せない程の激臭が生まれている。床から生まれた異臭は、壁や家具、小物に至るまで、部屋の全てに侵食していた。
部屋の主は、ただガタガタと震えていた。震わせていたのは体だけではなく、歯も小刻みに上下左右に動いている。
口元から伸びている髭には、夕食の残骸がへばりついている。男の歯は今にも取れそうな程ボロボロで、黄ばんだその一本一本の歯は、まるで『腐ったとうもろこし』だった。
寒いのか、両足を擦らせながら、ガリガリと皮膚の残骸をそこらじゅうに撒き散らす。
部屋の片隅には、いつの物かわからないゴミ袋がズラリと並んでいる。そのゴミ袋が破裂して、中から黒光りする虫の大群が出てきそうな程。
部屋にあるのは、使い古したベッドだけではない。かなり年代物のパソコンと、手付かずの本棚。
その本棚には、『プログラミング』に関する本がいくつも並んでいるのだが、本の頭には真っ白な埃がこんもりと溜まっていた。
窓の目隠しである筈のカーテンは、もうその役目を既に果たしておらず、地面へ打ち捨てられていた。そして目隠しの役目を果たしている『代役』は、これまたゴミの山。
袋の隙間から見える月明かりが、空中に浮遊する埃を照らし、まるで夜空に光る星の様に輝いている光景にも見える。
星は『宇宙のゴミ』であるように、月明かりに照らされた埃は『部屋のゴミ』
互いに同じものではあるのだが、天と地で見える風景は、『天地の差』がある。部屋のゴミを先程から量産している部屋の主は、まだ震えが止まらない様子。

だが、この状況が一変したのは、短い針が『9』に着地する目前であった。