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廃墟のリビングを出る寸前、あたしは振り向いて美緒を見つめた。


美緒の目は相変わらず灰色をしていて、床にはベトついた血だまりが残ったままだ。


「美緒」


小さく声をかけてみたけれど、美緒は反応しなかった。


その時の光景を思い出して、あたしは夜中に何度も目を覚ましてしまった。


美緒を廃墟において帰ってきてしまったこと。


美緒の存在を誰かに知らせるべきだと思っている自分。


けれど、そんなことをしたら自分が暴行に加わったとバレてしまう恐怖心。


そんなものがせめぎ合って、結局この日もロクに眠れないまま朝が来ていた。


「ちょっとナナ、その顔どうしたの?」


今日もこっそり家を出ようと思っていたのに、リビングから出てきた母親に捕まってしまった。


昨日からあたしの様子がおかしいから、気にしていたみたいだ。


「な、なんでもないよ」


あたしは咄嗟に顔を伏せて答えた。


頬の腫れはまだ引いていない。


「なんでもないことはないでしょう?」


母親は少し怒った口調になり、無理矢理顔を上げさせられてしまった。


その瞬間傷がズキリと痛む。


「か、階段で転んだの」


「階段って、どこの?」


「公園の、石段だよ。だからあちこちぶつけちゃって、それで」


しどろもどろになりながら説明をする。