告白予約。〜猫系男子は赤面少女に夢中〜



 昨日と同じように至近距離で視線が交わる。何で田中くんに近づかれるのは嫌なのに、水瀬くんは平気なんだろう。本当に不思議だ。

 そして、そんな私を心配そうに見つめ、水瀬くんはゆっくりと口を開く。



「大丈夫?」
「う、うん。平気。ありがとう水瀬くん」
「もしかして、アイツと付き合いたかった?」
「そんなわけないよ」
「じゃあ俺、予約してもいいの?」


 あ、目が逸らせない。視線が熱い。

 放課後の非常階段。私は水瀬くんを目の前にポカンと口を開いていた。

 もしかして、昨日も水瀬くんは予約をしようとしてたのかな?けど、まさか本当に告白予約をしようとする人なんて存在すると思っていなかったから、どうしたら良いのかわからない……。

 何も答えない私に、水瀬くんは話を続けた。







「片山さんに告白したい」
「そ、それは……ありがとう」
「本当は今にでも」
「うっ」
「けど、予約したら俺のことちゃんと見極めてくれるんだろ」
「そうなる、のかな……?」
「どうせなら勝率を上げたいから、ちゃんと予約して好きになってもらえるように頑張る」



 ここまで素直に、真っ直ぐに気持ちをぶつけられるのなんて生まれて初めて過ぎる。さっきから爆発するんじゃないかというほど心臓は鳴ってるし、絶対に顔も赤い。

 けど、自分から言っておいて告白予約って……ようするに、私に水瀬くんのことを好きにさせてから告白するよっていうことだよね?

 うわぁ、これだったら一発の告白の方が、心臓の負担にならなかったのかもしれない!

 心の中で大騒ぎしていると、突然指先に、温かいものが重ねられた。そちらを見ると、それは水瀬くんの指先で、私は再び顔を上げる。すると……。



「ダメ?」



 ────あざとすぎる!

 首をこてっと傾け、眉を下げるその表情。普段かっこいいのに、可愛さの最大限をここで発揮してきた。

 けど、これは告白予約だもんね。見極めてみて、水瀬くんのかっこよさに私が適応できなかったら断ればいい……んだよね?



「わ、分かりました……」
「マジ?」
「うん。言い出したのは私だし……」
「すげー、嬉しい」



 水瀬くんは両手で口元を覆い、嬉しそうに目を細める。その頬は赤くなっていて、胸がきゅんとしてしまった。

 え?きゅん?心臓バクバクとかじゃなくて……?

 なんだかもう、訳が分からなくて、もう逃げ出したい。しかし、そんな心を読まれたらしく水瀬くんは口角を上げた。



「逃げるの禁止」
「…………はい」



 逃げられる気がしないよ!

 私は、とんでもない男子に目をつけられてしまったのかもしれない。






※※※※




「まじで?本当に告白予約されたの?」
「うん。自分で撒いた種とはいえ、すごいことになっちゃった……」


 水瀬くんに告白予約をされ、そのまま駅まで一緒に帰り、家にたどり着いたのは19時前だった。

 男子と一緒に下校することなんて初めてで、それだけでドキドキするのに、プラスして相手が水瀬くんとなると、周りからの視線がすごかった。そして疲れた体を引きずるようにご飯とお風呂を済ませ、ベッドに転がると、タイミング良く有菜ちゃんから電話がきた。

 ただの暇電だったけど、私があまりに空返事を繰り返しているから心配され、とりあえず理由を話して今に至る。



「けど、普通なら予約とかしてくれないよ?水瀬くん相当小夏に本気なんだね〜」
「……けど、私水瀬くんのこと気になってるとかじゃなかったのに、予約させて待たせるなんて」
「けど、それは水瀬くんが選んだことだし、何よりその期間凛子はイケメン独り占めできるんだからいいじゃん!」
「……はぁ〜〜」



 有菜ちゃんの発言に驚き、大きなため息が出る。イケメン独り占めって、何それ刺されそう。







 恐ろしい想像が脳内を巡り、声をひっくり返しながら有菜ちゃんに抗議する。



「有菜ちゃん、楽観的すぎるよ!」
「とーにーかーく、その期間凛子は水瀬くんと恋人になれるかちゃんと見極めなきゃだめだよ?」
「うっ……分かってるよぉ……」
「自分には荷が重いとか思ってるんでしょ。それ、水瀬くんに失礼だから」



 有菜ちゃんの言葉がグサリと胸に突き刺さる。なんで考えてることがバレたんだろう。私は確かに、水瀬くんの彼女は荷が重いと思っていた。

 だって、水瀬くんと付き合いたい女の子なんて沢山いるだろうし、何よりこんな自分が選ばれた理由が本気で分からない。

 こんな、美人でもなんでもないその辺にいそうな見た目で、赤面症の私なんて……。私を選ぶなら絶対有菜ちゃんの方がいいでしょ。



「ほんと、私を選ぶ意味がわからないよ」
「それは水瀬くんにしか分からないんだから。今度聞いてみなよ」
「なんで私のこと好きになったの?って……あ、ごめん凛子!ドラマ始まっちゃったからまた明日ね!」
「えっ、ちょっと、有菜ちゃ」


 ────プッ、ツー、ツー


「……マイペースなんだから」



 私はベッドにドサリと寝転がり、目を閉じる。

 理由を聞けばいいじゃんって、そんなこと聞くの恥ずかしいよ。でも、ちゃんとその理由を知れば、少しは安心して水瀬くんの気持ちに向き合うことができるのかな?

 そうこう考えているうちに、緩い眠気に誘われ思考は沈んでいった。




※※※※



 雨ばかりだった梅雨の合間の晴れた空。気温がぐんと上がり、少し歩くだけで顔がほんのり熱るけど、それでもやっぱり晴れが好きだ。

 登校する生徒達の波に乗り、校門を抜けてやっと学校に辿り着いた。下駄箱で上履きに履き替えながら、肌にペタリとくっ付くワイシャツの気持ち悪さに顔をしかめる。


 電車内の熱気のせいで汗をかいちゃったから、教室に着いたらスプレーしないと……。



「はよ」



 下駄箱を閉じたタイミングで背後から声をかけられ、肩が跳ねた。

 ゆっくり振り返ると、そこには昨日告白予告をした水瀬くんが立っていた。半袖のワイシャツの腕の部分を軽く捲り、暑そうに胸元をパタパタと動かしている。



「お、おはよう」
「すげー暑い。溶けそう」
「溶ける?」
「暑いと溶けそうになんねー?」
「え、ならないよ」
「じゃあどうなんの」
「どうなるって……こう、ぐでってなる」
「それ溶けてんじゃん」



 水瀬くんは靴を下駄箱にしまいながら、楽しそうに笑った。ツボに入ったのかな?







 こうやって楽しそうに笑っているのを初めて見た。もしかしてレアなのかもしれない。

 暑いのが苦手なのも、見た目と相待って猫みたいで、少しだけ可愛い。



「水瀬くんて笑うんだね」
「笑うだろ」
「なんか、いつも同じ表情してる気がするよ」
「……確かにそうかも」



 水瀬くんは入学してからの自分のことを思い出したのか、ゆっくりと頷いた。

 そして、何を思ったのか少し屈んで私の顔を覗き込み、じっと見つめられる。ふわっと柔軟剤の爽やかな香りがして、胸がキュッとしてしまう。



「えっ……なにっ?」
「片山さんと会えて嬉しいから、テンション上がった」
「……それは、よかったです」
「これからも、俺の新しい一面発掘していいよ」
「発掘って」
「きっと、片山さんの前だけだから」
「っ!!」







 ────バコン!!

 水瀬くんの顔が良すぎて、なんとか逃れようと後退り、頭が下駄箱に思い切りぶつかった。

 いやぁ、本当に水瀬くんの押しは強すぎだと思う。気を抜いたら心臓撃ち抜かれて死んじゃうよ……!

 あまりの痛みに蹲る私に、水瀬くんは慌てて駆け寄った。



「ちょ、おい、どうした?」
「……だ、大丈夫っ」
「大丈夫じゃなさそう」
「いたた……たんこぶできた」



 痛む後頭部をさすりながら立ち上がる。すると、水瀬くんが話すよりも先に、横から女子の明るい声がした。



「奏多!おはようっ……あれ?この前の」



 二年生の下駄箱からこちらに駆け寄ってきたのは、水瀬くんの幼馴染の美人先輩……愛理先輩だ。

 愛理先輩は、艶のある黒髪をポニーテールにしていて、小さな顔が際立ってモデルさんみたいだ。

 後頭部を抑える私を見て、心配そうに口を開く。






「どうしたの?気分でも悪い?」
「いえ、頭ぶつけちゃって……」
「うわー、痛かったでしょ!保健室行く?送ろうか?」


 美人で性格もいいの……?!この前は保健室で嘘ついてごめんなさい!

 もう驚きで言葉も出ない。なんでこんなに美人で優しい幼馴染がいるのに、こっちを選ばないの?しかも水瀬くんの好きなポニーテールじゃん!

 心配してくれてありがたいけど、保健室に行くほどの痛みじゃない。私が断ろうとしたその時、水瀬くんの声が響く。



「俺が連れてく」
「え?奏多は気を遣えないんだからダメだよ」
「いいから、愛理は心配しなくていい」
「ちょっと、奏多!」
「水瀬くん?!」



 突然腕を掴まれ、水瀬くんに引っ張られるように廊下を歩き出す。

 愛理先輩は驚いたように水瀬くんを見つめていた。そして、私と視線が合うとその目を伏せる。せっかくの気持ちを無駄にしてしまった……!

 しばらく歩き、水瀬くんはピタリと足を止めた。そしてこちらを無表情で振り返る。



「ごめん。頭痛いのに」
「ううん、平気だよ。それに保健室も行かなくて大丈夫」
「そっか」
「……せっかく先輩が心配してくれてたのに」
「愛理はお節介すぎる」
「え?」
「二人で話してるのに、邪魔されたくなかった」


 唇を突き出し、拗ねた子供のような表情をする水瀬くん。いや、女子相手に拗ねられても困っちゃうよ……!


なんて返答したらいいのか分からなくて、とりあえず話題を変えようと思考を巡らせる。



「えっと、愛理先輩って幼馴染なんだよね?」
「そう。昔から姉弟みたいに育ってきた」



 ────姉弟?




 微妙な違和感を覚えた。さっきの去り際、愛理先輩が水瀬くんを見る視線は、弟に向けるそれではなかった気がする。なんというか……。



「(気になる異性に向けるような……)」



 そうこうしているうちに鐘が鳴り、私達は慌てて教室に向かい走り出した。





※※※※