告白予約。〜猫系男子は赤面少女に夢中〜




 ────私の小学生時代。それは散々なものだった。








 先生の前ではいい子ぶってる癖に、学校を出た途端に、奴らはいじめっ子となり私の下校途中を狙う。

 ランドセルを背負い、住宅街を歩く私の周りを三人の男子が取り囲む。私はいつも、その瞬間全身にギュッと力を入れて、震えそうになる自分の弱い心を隠すように下を向く。顔に熱が集まり、今の私はきっと耳まで真っ赤だ。



「何で片山って、すぐ顔が赤くなるの?!」
「…………」
「黙ってたら分かんねーよ!このりんごブス!」



 ──りんごブス。

 その言葉が脳内をグルグルと回り、やがて胸の奥に黒いもやとなって落ちていく。



 


 私は眉間に皺を寄せ、ハッと顔を上げた。男子達は私が顔を上げると思っていなかったのか、その歪んだ表情を見て一瞬固まる。

 何でこいつらが私の事を気に入らないのか、突然イジメ出したのかは分からないけど、そんな事を言われる筋合いなんて一切ない。

 どちらかといえば気弱な私は、決して言い返すことなんてしてはこなかったけど、今日ばかりは口を開く。



「…なんでそんなこと言うのっ…?」
「りんごみたいに真っ赤な顔で、ブスだから!名前も凛子だし!りんごブスだ!」
「あははは!陸最高〜っ!」


 人の気持ちをズタズタに踏み躙る笑い声に、私の視界はゆらゆらと涙で歪んでいく。男子達はその光景を見て、言葉を失った。私は、こいつらの前で泣くことが初めてだった。






 ────もう嫌だ。最低だ、絶対、絶対許さない。



「……男子なんて、キライ」
「!な、なんだよ」
「だいっきらい!!」



 力一杯叫び、私はその場から駆け出す。男子なんて嫌い。けど、何より。



「こんな自分、大嫌い……!」


 すぐ真っ赤になるこの顔も、地味な顔立ちも、揶揄われる名前も、ここまで言われるまで言い返せない自分も。みんなみんな、だいっきらい。




※※※※







 ────プルルルル


 『一番線に、電車が参ります』


 あの最悪な日々から数年、季節は春と夏の合間、5月半ばだ。

 駅員のアナウンスが耳に入り、私は芸能人のSNSを見ていたスマホを制服のポケットにしまい、視線を上げる。朝の通勤通学ラッシュの駅構内、混雑したホーム。今日も今日とて、恐ろしいほど混んでいる。

 だから私は、定員オーバーで乗りはぐっても良いように、早めの電車に乗って通学していた。

 ホームにぬるい風と共に、電車が滑り込んできて、私はドアのすぐ横の定位置に立った。そして、スマホを鞄から取り出し視線を落とす。しかし、その視線の隅で何かが動き、大きな音を立てる。




「あっ」


 ホームに視線を向けると、階段の下で若いOLさんが転んでいる。しかし、ラッシュのこの時間帯、みんな自分しか見えていなくて、誰も助け起こそうとしない。

 だ、大丈夫だよね。きっと、誰かが助けてくれるよね。うん、きっと平気、きっと……。

 再び駅員のアナウンスが電車のドアが閉まってしまう。けど────。



「だ、大丈夫ですか?」



 ───降りてしまった。

 声を掛けると、OLさんは鼻血を流しながら顔を上げた。



「あ、ありがとうございます…」
「立てますか?ティッシュ使ってください」



 やがて誰かが呼んだ駅員さんが来て、OLさんは何度も頭を下げ、その場を後にした。

 駅員さん、来た。私が降りなくても、誰か助けてくれたんだよやっぱり。すると、視線を感じる。





「うっ」



 生温い周りからの視線に気付き、顔に熱が集まっていく。目立ってたんだ!恥ずかしい…!

 すると、私に視線を向ける一人の人間が目についた。自分と同じ学校の制服。



 ──同じクラスの水瀬くんだ……!!



 彼は身長が高く、整った顔つきをしているから目立つ。サラリとした黒髪を風に靡かせ、気怠げにズボンのポケットに手を突っ込みながら、大きな猫のような目をこちらに向け、じいっと私を見つめていた。

 あぁやだ、もっと顔が赤くなってきた。目立っているのを見られてしまった。恥ずかしい……。

 やがて、駅のホームにまた電車のアナウンスが響く。私は視線を上げ、ちらりと水瀬くんを見ると……。



「……まだ見てるっ」



 全く隠すことなく、水瀬くんは私を見つめていた。今度は視線を逸らすことが出来ずに、蛇に睨まれた蛙のように耳まで真っ赤になり固まっていると、何故か水瀬くんの表情が緩む。

 そして、緩く口角が上がった。



「え?」



 思わず気の抜けた声が口から溢れる。すると、何事もなかったかのように滑り込んできた電車の違う車両に、水瀬くんはスルリと乗り込んでいった。

 
「なに、今の」


 また電車に乗りはぐりそうになり、飛び込んだ車内では、心臓が別の意味で早鐘を打っていた。




※※※
※※※



 やっとの思いで学校につき、下駄箱で靴を履いていると、後ろからグッと肩を組まれる。横に視線を向けると、今日も今日とて美人な有菜ちゃんがいた。



「おはよー凛子!」
「おなよう有菜ちゃん……」
「え、元気ない。どしたん」
「……聞いてよぉ」



 上履きを履き、教室に辿り着くまでの廊下を歩きながら、今朝あった事を話す。

 有菜ちゃんは最初は真剣にこちらの話を聞いていたものの、最終的に教室に辿り着く頃には笑っていた。



「何で笑うの〜」
「いやぁ、凛子は緊張しいの赤面症なのに、よく頑張ったなーって。焦ってる姿思い浮かべると、可愛くて笑う」
「こっちは真剣なのに……!水瀬くんに見られちゃったんだよ?」
「別にいいじゃん。悪いことしてたわけじゃないんだから」
「そうなんだけど……」







 ────男子は、有る事無い事言いふらす生き物に見えるから。

 そう言おうとした時、有菜ちゃんが教室のドアを開いた。女子のクラスメイトに挨拶をしながら一番後ろの自分の席に着き、ため息を吐く。

 水瀬くんはもう先に来ていて、仲良しの高田くんと会話に花を咲かせている。いや、違う。高田くんが勝手に盛り上がっているが正しいかも。



「奏多!」



 そんな教室内に、入り口の扉のところから高い声がした。