ややぽちゃ姫と3人の王子様




「アイツがいなくなって、もうすぐ4年だよな?」


「……うん」


「ジョーの奴、まだ俺らの周りを浮遊してんじゃね?」


 ……お兄ちゃん。



「俺にこのノートを見つけさせて、どうしても望愛に自分の想いを伝えたかったんだろうな」




 うわぁぁぁぁ。

 お兄ちゃんの文字を見れば見るほど、涙……溢れてきちゃう……




 体の震えが止まらない。

 涙もこぼれっぱなし。

 顔を濡らす雫を拭くこともせず、ただただお兄ちゃんの優しい文字を見つめていると、フェンス越しのむち君が私の鼻を指でピンっと弾いた。



「っ、痛いっ」


「望愛には好きな奴がいるだろ?」



 ひゃっ??

 いきなり……何の話??



「すっ…好きな人なんて……いないよっ……」


「うろたえすぎ」


「……だからっ」


「ば~か、俺を騙せると思ってるわけ?」



 むち君、私の瞳の奥の奥まで鋭い目で貫かないで。

 私の胸の奥の奥にしまい込んだ思い、引っ張り出そうとしないで。

 

「望愛の心の中には俺と出会う前から、大好きな奴が居座ってるんじゃねーの?」



 そんな話はやめてよ!

 私はもう、恋をしないって決めてるんだから!




 むち君の声を排除したいのに、予想外の温かい声は私の耳から入り込んで、心の奥にまで浸透してしまう。



「俺はこれからも、ジョーの分まで兄代わりを続けてやる」


 ……やめてよ。


「何かあったら、俺が慰めてやるから」


 ……優しい言葉、やめてってば!



「望愛がずっと秘めてきた想い、好きな奴にぶつけてこい」




 うぅぅぅぅぅ……

 私、もうダメだ……



 お兄ちゃんが亡くなってから『一生、恋をしない』って、強がってきたけれど。

 その強がり、もう限界。



 だって本当は、子供の頃から雨ちゃんが好きで。

 「そのままでいい、変わらなくていいよ」と頭をなでてくれる雨ちゃんのことが、今でも大好きで大好きで。
 

 キャンディーみたいに甘すぎる雨ちゃんから、優しい言葉をプレゼントしてほしい。

 欲張りな私の本能が、本気で願っちゃうんだから。





「泣き虫、望愛。いつまでビービー泣いてんだよ」


「だって……」


 優しく微笑むむち君の表情が、私を気遣う時のお兄ちゃんと重なっちゃうんだもん。


「覚えておけよ。女の泣き顔が可愛く見えるのは、付き合って1年までだからな」


「何……それ……」


「愛が尽きたら、泣く女はウゼーってこと」



 どうせ私はウザくて、可愛くない女の子だもん。



「でもまぁアイツに限って、そんなことはないか」


「えっ?」


「極甘王子の愛は、変質者並みに異常すぎってこと」



 むち君、ニヒヒって悪そうに笑っているけれど。

 さっきから言ってることが意味不明すぎだよ。

 私にもわかるように翻訳してよ。



「ほら、サクッと行って告って来い!」


「今から?」



 やっと涙がおさまったとこなのに、告白なんて。

 心の準備が……



 それに、怖いよ。

 誰にでも王子様なみに優しい雨ちゃんが、私なんかを選ぶはずないってわかってる。

 気持ちを伝えてフラれたら、もう二度と雨ちゃんが私に笑ってくれなくなっちゃいそう。

 お隣さん同士なのに……気まずさが半端ない……



 大好きな人に自分の想いを伝える勇気がない私。

 悪魔王子は容赦しない。


「オマエさ小学校の時、俺のランドセルに習字の墨をぶちまけたよな?」と人差し指を突きつけてきた。


「あの時は……ごめんなさい……」


「俺に告ってきた女、睨んで追い返したこともあったよな?」


「そんなことはしてないよ!」


 ダークオーラで威圧して追い返していたのは、むち君本人でしょ。



「望愛の罪、俺は一つも忘れることなく全部覚えてるからな!」



 むち君の目が、怖い怖い。

 私をいたぶる悪魔アイになってるよ。


 もしやこれは…………脅し?



 どんな罪を受けるのかとビクビク背中を丸めていた私に、大きな手のひらが伸びてきた。


 想像以上に温かい手のひらで頭をポンポンされ、むち君を見つめちゃったけれど。

 夕日に照らされたむち君は、いつも吊り上がっている目尻をユルっと下げ、フッと口元を緩めている。



「オマエが俺にかけ続けてきた迷惑、丸ごと全部なかったことにしてやるから……」


「……」


「アメのところに行って、気持ちを伝えてこい!」





「……うん」







 むち君は

「恋愛成就のお守り、忘れてる」


 あきれ顔で私の胸にノートを押し当てると


「望愛なら、大丈夫だから」


 お兄ちゃんと重なる優しい声を残し、自分の家に入って行った。





 ☆アメside☆


 今日もまた、高校をずる休みしちゃったな。

 ジョーの誕生日を合わせると、今日で3回目の不登校。



 望愛への片思いは、こっぱみじんに砕け散り。

 最愛の人の幸せのため、僕は身を引かなきゃいけないんだ。

 大地君に望愛を託すことで、恋に終止符を打ったつもらいだったのに……



 望愛と大地君が並んで登下校している姿が瞳に映るだけで、どうしても胸が苦しくなる。

 激痛に襲われて、その場にしゃがみこみたくなる。



 はぁ……、今の僕は何をやっているんだろう。

 白シャツの上からエプロンを羽織って。

 自分の家のキッチンにこもって。

 一口ドーナツをがんがん揚げまくって……



 30個以上のドーナツに

『ノア大好き』

 チョコペンでメッセージを書いてしまっている。



 女々しすぎ。

 情けなさすぎ。

 そういうところが望愛に選ばれなかった理由だよ。




 望愛に未練タラタラな自分に、がっかり感が半端ない。

 ため息の合間に、一口ドーナツを口に放り込もうとした時、玄関チャイムが鳴り響いた。


 無視をしよう。
 
 どうせセールスだろうし。


 そう思ったのに、玄関モニターに写っていたのは

 まさかの望愛??



 
 え? なんで? いきなり?

 どうしよう? 望愛? 本物?


 脳内を飛び回る、いろんな感情のクエスチョンマーク。

 僕の中を流れる血液が、ドクンドクン暴れはじめた。



 僕は今、望愛に会って大丈夫なんだろうか?

 恋心、再燃しちゃったりしない?



 大好きな望愛を見たら、自分がどうなるかなんてわからなくて。

 でも、望愛に会いたい衝動が抑えきれなくて。

 葛藤の末、モニターの通話ボタンをポチ。