ちょっとはあの傷心中なのになるべく気遣いさせないようにって完璧な笑顔を崩さなかった樹良くんのことでも考えてみろってんだ。
アンタとは比べものにならないくらい良いひとだよ、本当に。できたひとだよ。
「たとえば、成咲に好きな人がいて、」
「は、はあ!?す、す、好きな人って…なに言ってんだよ」
なに慌ててんだよ。たとえばって言ったのにバカなのかな。
「その人にごめんなさいって言われたらって想像してみて。それとも何、モテすぎてそういうことは考えられないって?」
「いや勝手に話作んな」
だってアンタならあり得るもん。カッコつけて、ちやほやされるたびにデレデレしてさ。
想像でもいいから失恋しちゃえってんだよ。
「…おれは、相手にどんな理由があっても、振られても、諦められねーよ」
頭の中で毒づいてたあたしのほうがバカみたいに思えてくる、真剣な声。
「おれ以外がソイツの近くにいるの、考えただけでキモチワリィし」
かと思えば、ちょっと笑ってる。
なんだそれ。
そんな、穏やかな表情で笑わないでよ。
「…ワガママじゃん」
「ワガママじゃねーと敵わないヤツなんだよ」
「…は…成咲、今の、想像の話だよね?」
「ちげーよ」
そう言って半歩前に行く。話はまだ、終わってないんだけど。でも、続ける気にもなれなくて口を閉じる。
ちげーよって。
それってつまり、今のは想像じゃなくて、成咲に好きな人がいるってこと。
誰だよ、その子。
ぎゅうっとかばんの取っ手を握りしめる。
爪が食い込んで痛い。夢じゃない、現実で、コイツは、好きな人がいるらしい。