「王弟殿下を味方につけてこんな……ッ! 卑怯じゃない!!」
逃げ場をなくしたソフィアは取り繕う顔も捨て去って、仁王立ちで叫んだ。多勢に無勢でやって来た自分たちを棚に上げて。
と、思わずといった様子で吹き出したのはマリウスだ。
「おや、寝たきりの人間に夜這いをかけようとした人物が卑怯なんて言葉を知っていたとは」
ソフィアの顔色が完全に失われる。
こうもマリウスが彼女を嫌悪するのは、幼なじみであるエドナを傷つけたせいばかりではない。エドナとギルバートの関係が揺らぎ始めた頃のこと、マリウスの眠る部屋へと侵入してきた女がいたとエドナは聞かされていた。どうやらギルバートを通じて得た繋がりから別棟の警備を掻い潜ったらしい。
「ひ弱すぎて君のお眼鏡にかなわなくてよかったよ。男を侍らせて喜ぶようなお嬢さんに手篭めにされてはたまらない」
その際痩せ細った姿を目の当たりにした彼女は、寝込んでいるからこそ力づくでどうとでも出来ると思ったのだろうに、予想以上の弱々しさにかため息を吐いて背中を向けた。この事件から、マリウスはエドナが抱えながらも話さない、ギルバートが顔を見せなくなった事情を知るに至ったのだ。
マリウスはそれを機に諦めていた人生を掴み直そうと奮起し、こうして劇的な回復を見せた。生きることも初恋も、手にするチャンスを得たのだから――感謝しているよと、笑う。
「……ッ、あんたたちだって浮気でしょ!?」
「口説くのはこれからなんだ、お陰様で人生に時間が出来たからね。邪魔しないでくれるかな?」
さあ行こうとエドナの背に手を添えて促すマリウス、一方で駆けてきた無骨な警備兵に取り囲まれたソフィアとギルバートたちは、騒動を起こしたかどでまとめて引き立てられていく。
「殿下、エドナ……!?」
――いつか夫婦に、そして家族になるものだと思って生きてきた。
侯爵家の一人息子として何事にも真面目に取り組み努力していたギルバート。そんな彼を支えて生きる覚悟を持っていたけれど、あの頃の彼はもう、いない。いらない。
混乱したままに振り返るギルバートに、エドナはゆったりと小首を傾げる。
「では、ごきげんよう」
優雅に、優美に、微笑みを浮かべて。