脱力したままソフィアを振り返るギルバートに、しかし彼女からの視線は返らない。俯いたまま握り合わせた手を震わせている。
「ああでも発端となったお嬢さんにお咎めなしというのもどうなんだろう。勘違いからの誤解……だったかな、それでも罪のない女性を冤罪で辱めて、ねぇ……?」
実際にソフィアがいくつかの嫌がらせを受けていたことは調べがついている。それは彼女になびいた婚約者や恋人を持つ女子生徒たちによるもので、事実無根というわけではなかった。それでも筆記具が少しどこかへ消えるなどまさしく嫌がらせといった程度のことであり、執拗に続いたりなどもしていなかったはずだ。褒められたことではないのは確かながら、令嬢たちの受けた心の傷を考えれば、より深く重い行為に至らなかっただけ令嬢たちは理知的だったろう。
ざわめき始めた周囲の視線が、明らかな不信感を持ってソフィアに集まる。本人も肌で感じているのか、キッと顔を上げたかと思えば駆け出した。
「助けて先生! あたしそんなつもりじゃなかったのに……!」
泣きつかれたのは壁際に佇んでいたアーノルド・ナリス、彼女が呼んだように学園の教師の一人。生徒はもちろん他の教職員とも一線を引いて接する、率直に表現するなら冷めた、よく言えば分け隔てない人物として認識されている。
「あたしはエドナ様からギルバート様を奪おうなんて、そんな大それたことしないわっ」
ギルバートのそばから離れたソフィアは、すべて彼の思い込みによる独断であり自分にそのような意思はなかったのだと涙ながらに訴えた。捨てられた形になるギルバートは呆然とそれを見つめるばかり。
ナリスはざっくりと一つに結えられた髪を揺らし、マリウスの前に進み出る。
「殿下、僭越ながらクラーク嬢の身柄は私が引き受けましょう」
慇懃に礼をとり、ソフィアを一瞥して提案を口にした。