ね? と同意を求めるマリウスに、エドナからの拒否などあるはずもなかった。
この場に敵しかいないと思っているわけではない。それでも味方がいるとも思っていない。誰しも自分が誰より大事で、貴族ともなるとより顕著、目を瞑って済むのならそうするのも仕方がない。庶民出の生徒たちにとっては他人事で、さらに遠巻きに窺うばかり。
そんな中で彼は誰に忖度する必要もなくそこに立つ。幻の末王子とまで呼ばれていた彼が、眩しいほどに力強く笑って。エドナはゆるみそうになる気持ちを引き締めて、毅然と顔を上げた。
ゆっくりと立ち上がったギルバートは、ソフィアを引き寄せ背に庇う。そんなことをしなくても誰も危害を加えようなどとはしていないというのにと、マリウスは肩をすくめる。
「ところでエドナ嬢、肝心の話をしていないようだけど」
「申し訳ございません、あちら側のお話を一通りお聞きした上でと考えていたものですから」
そう、肝心の話だ。改めて向き直ったエドナに、ギルバートは不穏なものでも感じたのかわずかにたじろぐ。ぎゅっと腕を掴んだらしいソフィアの存在に踏みとどまるが、そもそも彼らに勝機などというものはないのだ。……可哀想なことに。
「ギルバート様。どうやらお話が届いていないご様子とお見受けいたします」
「……なんのことだ」
「ギルバート・トレイズ様とエドナ・ネルヴィアの婚約は、すでに解消されております」
本当に知らなかったのだろう、ギルバートが驚愕に目を見開く。
「もちろんやましい手段などはなく、両家当主と教会の承認を得ています」
「どういうことだ、僕は何も聞いていない……!」
「私からもお別れの手紙を差し上げましたし、何よりお父上からお話があったはずですが」
エドナの言葉にギルバートは混乱した様子で視線をさまよわせるが、エドナからしてみれば呆れて物も言えない……いや、言いたくない。
当人同士で解決出来るならと、話し合いの場を設けるべく何度となく声を掛けた。それを聞く耳を持たずにただしつこいと振り払っていったのは彼だ。どうせ手紙も差出人の名前だけを見て捨ててしまったに違いない。
そこまで横暴なことをする人間ではなかったと思うのに、しかしここまで来てしまったならどうしようもない。どうこうしてやるつもりもなかった。