青鑪月 序初日


ビリー。

この間の魔獣討伐での功績と、研究報告の成果で級位が上がることになりました。

五つから三つに、ふたつも星が取れます。
とても良い調子。

思ったよりも早く飛び級できたから、逆に驚きました。まだまだ目標には遠く及ばないけど、最速を目指します。

見ててね。






『王の庭』に招来されるのは、十三の歳を数えてからが本来で、それから五年間を学院で過ごすのが基本だ。

最初は星を五ついただく。

そこから一年ごとにひとつずつ減っていき、星がなくなってそれぞれの場所へ巣立っていく。

集められるのは将来を託すに値する、才能溢れる子供たち。そして国政の鍵になるであろう、高位の貴族、その令息令嬢たちだ。

誰もがぼんやり過ごして『王の庭』からの迎えをただ待っていた訳ではない。
マリオンら術師科の生徒は、自ら志願し才を売り込み、そもそも少ない枠の中に、どうにか食い込まなくてはならない。
騎士や文官志望なら、それなりの家名と後ろ盾が必要だ。


最初はみな星五つから始まるが、何にでも特例はある。

新入学生の半数、高位の貴族は最初から星が三つ。つまり三年間を過ごし、十六歳で学院を出て、それぞれが国の要となるべく身を立てなくてはならない。

そして『王の庭』出身であることは、それだけでとてつもない箔になる。
知恵や努力で成り上がる者の、さらに上の立場を最初から約束されたようなものだ。

それだからこそ、学院に入る前から、入ってからも向上心の強い者は多い。
『王の庭』は通り道、みなはその先を見据えている。

逆に入学した時点で安心してほっと息を吐いている者から振り落とされていくともいえる。


「んあーーーー!! 星五つ女子が私だけになった!! いつかとは思ってたけど!! 早過ぎる!!」
「リディアも頑張ってるから大丈夫」
「なぐさめなんて要らない!! もう、もう、もう!!」

口ではずっと悔しさやを垂れ流しているが、リディアはずっとマリオンをむぎゅむぎゅと抱きしめて、頭をなでなでしていた。

朝のうちに発表された知らせは、学内を駆け巡って、リディアとのお昼の逢瀬の時間には、大勢に周知されていた。

生徒は常に襟元に、術師科はローブのフードに付いている、マリオンの星の数が減った。
朝一で学院長室に呼び出され、お小言と一緒に星を外されたからだ。

入学して実質ふた月。
異例の速さで飛び級を果たし、それも星をふたつも減らしている。

「やるじゃん、マリオン」
「……当然、といったところか?」
「ほっぺた引っ張らないで下さい!」

カイルはどこまで伸びるか試した後は、マリオンの頬をよしよしと撫でている。

「だいぶ伸びるようになったな」
「カイルが毎度引っ張るからですよ!」
「柔らかいからだろう?」
「しょっちゅう引っ張られてたら柔らかくもなりますよ!」
「俺のせいみたいに言わないでもらいたい」
「カイルのせいですよ!」
「……そうか?」
「……えっとね。……うんうん、気持ちは分かるけど、程々にね」
「なんだ、リック」

やたらと触れようとするカイルの手首を、リックは掴んで引き離す。

「女性だよ?」
「……知ってる」
「知ってても解ってないよね」
「何がだ」

にこりと作り笑いを貼り付けて、食事を受け取る列にカイルを引っ張って行った。
君たちの分も取ってくるから待っててと、リディアとマリオンに手を振る。

それならと席を確保することにして、陽当たりの良い露台に出ることにした。



薄曇りで柔らかな日差しが心地良い。
時折吹く風も、少しひんやりと緑の匂いを運んでくるような気がする。

「おめでとう、マリオン」
「ありがとう、リディア」
「私もすぐに追い付く!」
「リディアならきっとすぐだよ」
「もー!! 分かってるもん!!」
「リディアかわいい」
「知ってるもん!!」

ひとり、こちらに向かってくる姿を見つけて、マリオンとリディアは会話をやめた。

いつもの勢いはなく、男子生徒は穏やかな表情をしている。
ゆっくりと歩み寄り、ふたりの少し手前で静かに立ち止まる。

「……今までの非礼を謝りたい」
「え……急に。……気持ち悪いですね」
「私が間違っていた」
「……星の数が一緒になった途端だよ」
「それは違う!」

皮肉気に吐いたリディアの言葉に、男子生徒はきっぱりと言い切った。

「……確かに、今まで星の数で見下した態度だったのは認める。それも済まなかった。だが……私も考えを改めなければと思ったんだ」
「っえーー? やっと?」
「……そうだな、やっと……だな」

しゅんと項垂れたようになる男子生徒に、リディアはそれ以上は言い募ったりしなかった。

ただ気に入らないという態度を示すように、片手で頬杖を突いて、ため息をこれ見よがしに吐き出す。

「どうしたんですか、何か悪いものでも食べましたか?」
「オリビア嬢……彼女にも色々あって、中々に抑圧が多いようで……いや、だからと言って庇う気はもう無いのだが」
「……はあ」
「全て彼女の嘘だと分かった」
「……はあ」
「……驚かないのか?」
「……まぁ、私がやったんじゃ無いので、そうなんだろうなって思ってましたから」
「なら何故それを!…………いや、そうだな。貴女はずっとそう言っていた。あの時の私はそれを聞き入れてなかった」
「……ですね」
「悪かった、許してもらえたらありがたい。それに……できればオリビア嬢のことも」
「ムシのいいことを」
「リディア」
「……ごめん『マリオンの問題』だった」

昼食の度に突っ掛かられることを、その度ごとに口を挟まないで欲しい、これは私の問題だ、とマリオンは言っていた。

リディアたちに余計な火の粉を被って欲しくなかったし、そうでなければきっと一緒に居られなくなる。

マリオンにそう言われては、リディアたちも引かざるを得ない。

毎度腹には据えかねる思いだったが、当の本人が気にする素振りも無いので、なんとか収めていた状態だった。

「……まぁ、この通り。私は全くもって気にしていませんし、この程度のことで謝られて許すも何も無いですし。……ただ、みんなとの食事の時間を邪魔されたのは、面倒だったんですけど」
「……そうか……そうだな。済まなかった」
「できればみんなにそれを」

カイルとリックが食事を運んできたところで、男子生徒は真摯に謝ってその場を後にした。

やはりオリビア嬢を中心とした集団には近寄らず、大食堂を後にした。
その後ろ姿がなくなるまで見届ける。

「……どしたの、急に」
「全部オリビア嬢の嘘だったんだって謝ってきた」
「へぇ……今になって」
「正義の為だと人は盲目になる」
「わぉ……カイルってば詩人〜!」
「……うるさい」
「夢想家」
「黙れ」
「さ、それはさて置き。これどうぞ」

リックは食事とはまた別に、紙の箱を卓の中央に恭しく据える。

「甘い香りがしますね」
「するでしょう〜?」
「開けてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」

美しく焼き上がった菓子には、可愛らしく小さな花が添えられている。

「俺たちからの進級祝いです」
「ふふ……嬉しいです」
「みんなで食べよう?」
「はい! ……お花がかわいいですね」
「あ、それ〜? カイルが走ってその辺から摘んできた」
「……余計なこと言うな」
「余計じゃないでしょ、適切な補佐でしょ」
「カイルもリックも、ありがとうございます」
「今日から同級生だもんね。改めてよろしく」
「こちらこそ」
「リディア・ベル、お前も頑張れよ」
「ひと言多い! ほんと余計!」
「もう、かわいいんだから」
「うるさい!」

静かにゆったりとした心持ちで、和やかに昼食を楽しんだ。


次の日からは別の盲目の正義の人が現れるとは、思いもよらなかったが。




つい習慣でランス先生のところに行くと、もう君の担当ではないと笑われる。
そうでしたと笑い返しながら、先生の手伝いを始めると、やっぱり誰かが部屋を覗けば、怒り怒られてるフリを始めなくてはならなくなる。

「ウィルソン先生には僕からいいように伝えてあるんだから、そっちに行きなさいよ」
「あ、それは手間が省けました」
「なに、根回しに来たの? 優秀、抜け目が無いねぇ」
「お褒めいただき、光栄です」
「ま、その調子でおやんない」
「先生も腰をお大事に」

ローブの下から薬を出すと、先生は笑いながらそれを受け取った。

「気付いたのは君だけだよ」
「優秀なもので。根回しも完璧です」
「まったくだね」

このランス先生への根回しはマリオンが学院を巣立つまでずっと続くことになる。

それも毎日のように突っ掛かってくるオリビア嬢の根拠のない言いがかりが続くからなのだが。




次年度には普通に進級をし、級位はカイルやリックと同じ星ふたつに。
リディアは努力が実ってひとつ飛び級、星が三つになった。



春は何ごともなく終わり、夏が勢いを増そうと地上をこれでもかと温める。