もう足は止まらなかったが、どこへ逃げたらいいのか分からない。
逃げる――そう、逃げたのだ。
日に日に思い出に移る、彼の姿から。

認めたくなんかなかった。
今でもありありと瞼に浮かぶと――抱きしめられた感覚も、王子様らしくない何かを急ぐような口づけのことも。

全部、全部。


『覚えてる……! 』


息切れがして、上手く言えなかった。
誰に疑われたのでもないのに、断言しなくてはいけない気がした。


『だって、違うもの』


あの色も、あれも違う。
ロイはロイの、ジェイダにとって特別で綺麗な色だ。

それを痛感するたびに、翡翠の森へ何度逃げ込みたくなったことか。


「今なら、もっと簡単に会えるのに。どうして会いに行かないの? 」


そんな質問も、度々された。
あの時は思いつかなかったけれど、確かにあの森で待ち合わせることだってできるはずだ。
それに気がついてからも、一度も手紙に寄せたことはない。


『その場しのぎにロイを見たら、私は……』


とうとう堪えきれず、そこに座りこんだ。
肩で息をしながらも、一人言を漏らさずにいられない。


『ロイの瞳を見たら……』


きっと、しがみついてしまう。
大好きなひとに抱きついて、いくら困らせても離れることはできないから。