私は幼い頃から「いつも優しくありなさい」と母から呪詛のように言い聞かされてきた。



母はある意味すごい人だ、誰にでも親切に手を差し伸べ、上品に振る舞い、気遣いのできる人だった–––––––。



 しかし家ではヒステリックになることも少なくなかった。
その原因も母らしかった、細かいところまで気がつく洞察力というかそういうもの。


家ではそれが完全に裏目に出ていた。



 母はシナモンの香りが苦手だった。私が小学生の時、父方の祖母からシナモンケーキを手土産にもらった。
少し箱から覗いてみたら、見たことも無いくらい豪勢で心が踊った。



その時の母は笑顔で「よかったね庵歩、おうちに帰ったら食べよう」と嬉しそうにしていた。それはよく覚えている。



そのころの私も母と同じように大層喜んでたと思う。子供というのは母親が喜んでいると嬉しいものだ。



 帰ってからすぐにウキウキしながらケーキを開けた。

そして口に運ぼうとした時、それはいとも簡単に床に叩き落とされた。


フローリングに生クリームが広がり、部屋中に甘いシナモンの香りが広がった。


「お、お母さん?」


───母が口の端をヒクヒクさせて私を見ていた。